国際・政治

減速続く欧州経済 金融引き締めに輸出の低迷 後藤俊平

中国経済の減速を受け、ドイツは輸出が減少(ドイツのショルツ首相) Bloomberg
中国経済の減速を受け、ドイツは輸出が減少(ドイツのショルツ首相) Bloomberg

 エネルギー価格の高騰は一服したものの、インフレを受けた金利上昇で欧州経済は減速が続きそうだ。外需の弱さも懸念材料だ。

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 欧州では景気減速が続く見通しである。2023年の実質GDP(国内総生産)成長率は、ユーロ圏、英国ともにゼロ%台と、1%近辺とされる潜在成長率を下回る低い伸びにとどまると予想する。昨年来、欧州景気を下押ししてきた天然ガスなど資源の供給制約が解消に向かうものの、高インフレの長期化を受けた金融引き締めが家計消費や企業投資を抑制するほか、世界的な財需要の低迷を受けて輸出も不振が続くとみる。

エネルギー供給は安定化

 欧州の天然ガス需給は安定に向かっている。EU諸国のガス貯蔵率は足元で80%超と例年を上回る高水準で推移している。昨年夏場以降、ロシア産天然ガスの供給が大幅に減少したにもかかわらず、深刻なガス需給逼迫(ひっぱく)が回避されている要因には、ロシア以外の国からの代替調達先が確保されてきたことが大きい。米国やカタールなどからの液化天然ガス(LNG)を中心にガス調達先が多様化されたことで、EU諸国のロシア産天然ガスに対する輸入依存度は、ウクライナ侵攻前の25%から、23年5月には10%程度まで低下した。ガス調達を巡るリスクが後退したことで、市場で取引される天然ガス価格(オランダTTF翌月物)は、足元で昨年夏場につけたピーク水準の1割程度まで下落している。先行きも、各国でガス供給体制が一段と増強されることで、ガス価格の高騰は回避されるとみている。こうした資源価格の下落が、光熱費などの負担軽減を通じて、家計や企業の経済活動に対する下押し圧力を緩和すると見込む。

 エネルギー価格の下落が総合ベースの消費者物価を下押しする一方、食品やエネルギーを除くコアインフレ率は高止まりしている。コア品目のうち、財価格は原材料高の一服を受けて伸びが鈍化しているものの、賃金上昇を背景にサービス価格の騰勢が根強い。とりわけ英国では、サービス価格が23年6月に前年比プラス7%を超える高い伸びとなっており、コア品目の伸びが物価全体を大きく押し上げている(図1)。賃金上昇の背景には、労働需給が逼迫していることに加えて、労働者による賃上げ要求が強まっていることが挙げられる。ドイツでは23年上旬にかけて鉄道など公共交通機関による全国的なストライキが相次いだほか、その他の国でも医療や教育、郵便など公共部門を中心に継続的な賃上げ交渉が行われている。英国では、23年1〜3月期の労働争議件数が、労使間紛争が激化した1960〜70年代を上回り、31年の統計開始以来最多となった。労働コストの高まりを、サービス業は販売価格に積極的に転嫁しており、賃金と物価が相乗的に上がっている。

 賃金と物価のスパイラル的な上昇は、高インフレの定着につながる。これを抑制するため、中央銀行は急ピッチで利上げを進めており、金融環境の引き締まりを通じて景気への下押し圧力が強まっている。欧州中央銀行(ECB)は、22年7月以降、毎回の政策理事会で利上げを実施しており、執筆時点(7月中旬)での累積的な利上げ幅は4%ポイントに達する。先行きも、賃金面からのインフレ圧力がくすぶり続けることから、ECBは23年秋ごろまで利上げを続け、その後も政策金利を高い水準で据え置くと予想している。

 こうした金利上昇を受けた資金調達コストの上昇と景況の悪化から、金融機関の貸し出し態度は厳格化している。ECBの調査によれば、ユーロ圏の金融機関の融資基準は、足元で10年代前半の欧州債務危機や20年のコロナショックに並ぶ水準となっている(図2)。貸し出し態度の厳格化は、資金調達の困難化を通じて家計の住宅購入や企業の設備投資を抑制することが見込まれる。ユーロ圏では、すでに家計の住宅需要が減少しており、23年1〜3月期の住宅価格は前年比プラス0.4%と低迷している。今後は住宅価格が下落に転じ、逆資産効果が景気の一段の押し下げ要因となる見込みである。

輸出はピーク比5%減

 内需の減速に加えて、外需の景気けん引力も弱い。サービス輸出はインバウンド需要の持ち直しを受けて堅調な一方、財輸出は世界的な財需要の不振やユーロ高の進行を受けて低迷している。ユーロ圏の輸出数量は減少基調が続いており、23年4月に昨年夏場のピーク時から5%超のマイナスとなった。財輸出の不振は、とりわけ、中国に多くの自動車を輸出するドイツなど輸出依存度が高い国への影響が大きいだけでなく、原材料や部品など中間財を輸出する近隣諸国への受注も減少することで、欧州全体に輸出の下押し圧力が波及する。世界的な高インフレや金融引き締めを背景に、世界経済の減速が見込まれるなかで、当面、欧州諸国の輸出は弱い動きが続くと見込まれる。

 さらなる景気下振れリスクも点在している。冬場にかけて、例年以上の気温低下でガス需要が予想以上に増加した場合、需給の引き締まりからガス価格が再び大きく押し上げられる可能性がある。また、高インフレの長期化によりECBが一段の金融引き締めを余儀なくされた場合、さらなる景気下押し圧力が生じるだけでなく、金融機関の経営悪化を通じて本年春先に欧米で生じたような金融システムの動揺を招く恐れもある。このように、今後の物価動向次第で欧州景気の下振れリスクが大きく高まる点には注意が必要である。

(後藤俊平・日本総合研究所研究員)


週刊エコノミスト2023年8月15・22日合併号掲載

日米相場総予測2023 欧州経済 金融引き締めで減速続く 住宅や設備投資を抑制=後藤俊平

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