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国際・政治 香港版マイナカード

香港の生活に欠かせないIDカード 行政サービス向上に貢献 武田信晃

香港の「IDカード」はさまざまな役割がある(サンプルのカード)
香港の「IDカード」はさまざまな役割がある(サンプルのカード)

 日本では散々な評判のマイナンバーだが、香港では同様の「IDカード」が生活に欠かせないものとなっている。現地の事情をリポートする。

満11歳以上は取得する必要

 日本政府が進める、マイナンバーカードの普及。トラブルに次ぐトラブルで、個人情報保護委員会がデジタル庁に立ち入り検査をしたほか、自主返納者が増加するなど混乱がいつ収拾するのか見通せない。国民のマイナンバーカードへの信用はかなり低いといっても過言ではない。

 だが、このシステムをうまく活用している地域がある。香港だ。香港では満11歳以上になると香港版マイナンバーカードである「IDカード」を取得する必要があるが、行政サービス、保険証から銀行口座の開設までこれ1枚で済む。日本でマイナンバーカードの導入が定着した後、どういった世界が待っているのか、香港の事例から見てみたい。

身分証明から保険証まで

 新型コロナの感染者の把握にいまだにファクスを使っている、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が海外と比べて周回遅れであるなどと日本は揶揄(やゆ)された。DX化の遅れは、コロナ給付金で多額の費用や時間がかかる問題として世間にわかりやすい形で露呈した。マイナンバーカードで違う人の番号が振りあてられていた件は、07年の「消えた年金問題」と同様の間違いを繰り返していることを意味し、周回遅れどころか「DX敗戦」となった感がある。

香港の「IDカード」は日本の占領政策に起源(香港島)
香港の「IDカード」は日本の占領政策に起源(香港島)

 筆者が香港のIDカードを取得したのは2001年だが、非常に便利なシステムだと感じている。香港には日本のような戸籍制度はないため、香港のIDカードはまさに身分証明証そのものだ。香港生まれ以外でも移民、駐在員、留学生などは、香港に入った後、当局に赴いてIDカードの取得を申請する。裏を返せば、外国人にとってIDカード取得は、香港で合法的に働いている、勉強している、滞在資格があるなどという証明になる。日本でも、外国人の身分証明にマイナンバーが活用されれば、制度に納得する人も増えるかもしれない。

 ほかにも、銀行口座の開設、スマートフォンの契約、ワクチン接種、給付金の授受、病院に行くときの保険証、アパートの賃貸契約、ガス・水道・電気などの契約、税金の申請、図書館での本の貸し出し、空港での出入境手続きもパスポートではなくIDカードだ。

 無くした時を懸念する人がいるが、読者の皆さんも、自分のクレジットカードや運転免許証はそんなに頻繁には無くさないだろう。無くした時にすぐにデータをブロックし、再発行できる態勢を整えたほうが有意義であり、香港のIDカードは実際にそうだ。

 新型コロナで香港でも給付金を配布したが、対象者は自分が持っている口座の銀行が開設した給付金専用サイトに行き、名前、ID番号や携帯番号を入れるだけで、ほんの数分で手続きは終了した。政府が直接、給付するのではなく、銀行のインターネットバンキングを利用させるのがポイントだ。身分確認が容易となるし、給付の間違いが発生しない。ワクチンも同様で、専用サイトからID番号、希望する接種会場、時間帯、ファイザーなど希望するワクチンの種類を選ぶだけ。こちらの手続きも数分だった。

源流は日本の占領政策

 保険証にもなっており、手続きはこれ1枚。しかも公立病院であれば自分の治療履歴が管理されており、各医者は治療時にデータベースにアクセスできるため掛かり付けの医者もいらない。私が香港郊外でけがをして、いつもとは違う公立病院で治療をするとき、医師は私のデータベースにあるカルテを見られるので、より適切な治療が可能となる。日本政府がこれを目当てに医療DXを進めたいのは理解できるが、国民には明らかに説明不足だ。

 勘の鋭い読者なら気づいたはずだが、日本と香港の大きな違いは、香港は多くのデータがひも付けされていて、政府にかなりの実態を把握されていることだ。日本も「政府が一元管理する」という誤解があるようだが、08年の住基ネットの裁判の判決の中で、「一元管理したら憲法違反になる」と解釈ができる一文が入った。つまり、日本は各組織による分散管理なので心配しなくていいのだが、これを知っている国民がどれだけいるのだろうか。日本では「マイナポータル」を使えば各行政機関で、給付金や年金、診療記録などの個人情報が閲覧できる。日本人が積極的にその機能を使えば、各行政機関も緊張感をもって個人情報を取り扱うだろう。

 実は、香港のIDカードは第二次世界大戦中、日本軍が香港を占領していた時期に作られた。戸籍制度を採用しているのは日本以外では中国や台湾ぐらいで世界では少数派。日本軍としては統治下に置いた香港人を管理したいが戸籍制度がないので、その代わりに個人登録の制度を作った。日本の敗戦後、香港は再びイギリスが統治することになったが、国共内戦の影響で中国から大量の中国人が来航したほか、1949年に中華人民共和国が成立。さらに香港に逃れようとする中国人が増えたため香港政庁は人口抑制と現況を把握するため、同年に紙の身分証を発行した。97年に香港が中国に返還されてからも、中国本土が採用している戸籍制度ではなく、1国2制度ということで個人登録によるIDカードを継続している。つまり、日本、イギリス、香港、中国という体制が異なる四つの政府すべてが個人登録をベースとしたIDカードというシステムを受け入れたことになるが、それは行政サービスを提供する上で、かなりのメリットがあるためだ。

 経済大国である日本は世界とつながっている必要がある。世界各国・地域でデジタル化が進む中、行政サービスのデジタル化を拒否することは、日本全体のガラパゴス化につながり、事実上、世界から取り残されることを意味する。

 今は、生みの苦しみだが、筆者の香港での体験からすればマイナンバーカードのシステムが安定すれば、かなりのメリットを享受できるのは間違いない。今は人為的ミスが続出しているから信用がガタ落ちしているわけだが、システムが完成すれば人為的ミスも起こりにくくなる。日本人としてはマイナンバーカードを受け入れつつ、今後は厳しい目をもって政府、官庁、受注した企業をチェックしていくことが大事だろう。

(武田信晃・ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年8月15・22日合併号掲載

生活に欠かせない「IDカード」 行政サービスの向上に大きく貢献=武田信晃

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