経済・企業 第63回エコノミスト賞記念論文

②地域イノベーションの研究開発には重層的な行政支援が有効 岡室博之/西村淳一 

 第63回エコノミスト賞を受賞した『研究開発支援の経済学─エビデンスに基づく政策立案に向けて』(有斐閣)の著者2人(岡室博之・一橋大学大学院経済学研究科教授/西村淳一・学習院大学経済学部教授)が、地方自治体による研究開発支援について分析する。

市区の支援は都道府県や民間との連携が少ない

 地域振興のためにイノベーションは重要である。1995年の「科学技術基本法」(現「科学技術・イノベーション基本法」)には、科学技術の振興とイノベーションの促進に向けて国(政府)の役割とともに地方公共団体(地方自治体)の役割も明記され、中央集権型の体制の下で研究開発支援の地方分権化が推進されてきた。

 国と地方自治体によるこのような重層的な政策運営は、どのような支援事業をどのように実施するのが社会全体の視点から望ましいかという、経済政策の古くて新しい重要課題を提起している。それにもかかわらず、地域イノベーションの議論において、国と地方自治体の政策の関係について十分なエビデンスがない。

 そこで本稿は、地域の官民連携に基づく自治体の研究開発支援に注目し、地域のイノベーション促進のための研究開発支援の効果を、独自の調査データを用いて検証する。エコノミスト賞受賞作の第12章では、筆者が2015年度末に全国の自治体を対象に実施したアンケート調査の回答データに基づく分析結果を紹介した。本稿はそれと併せて、筆者が最近実施した新たな自治体(市区)・企業調査の回答データに基づく分析の結果を紹介し、地域企業のイノベーションに対する自治体の研究開発支援の役割と市区・都道府県・国の重層的な政策の補完性、地域の官民連携の効果を検証する。

国・自治体補完で効果大

 地域は多様であるから、すべての地域に同じように適合する政策はない。イノベーション政策の地方分権化において、国は地方自治体が地域のニーズや状況に適した独自の政策を策定し、実施することを期待している。国と地域企業の間には情報の非対称性があり、また政策のニーズや条件は地域によって大きく異なるため、国が地域政策を各地域に合わせて効率的に調整することは容易ではない。

 したがって、地方自治体による、地域のニーズや事情に合った政策の立案と運用が求められる。しかし、地方自治体(特に市町村)には予算や行政能力・経験の制約が強い。他方で都道府県や国は、予算規模と行政能力・経験において優れ、より汎用(はんよう)的なイノベーションへの資源を提供することができる。そのため、国と地方自治体の支援事業は補完的であり、両方がそろってこそ大きな効果が得られる。

 筆者は17年に、従業員数10人以上の製造業中小企業を対象とするアンケート調査を実施し、市区、都道府県、国からの研究開発補助金の受給の有無と受給年度を尋ねた。1030社の回答のうち587社が帝国データバンク社の企業財務データと照合でき、04~17年度までの14年間のパネルデータが構築された。

 サンプルは約500社の平均7年間、約3500件で構成される。回答企業のうち115社が観測期間中に研究開発補助金を少なくとも一度は市区(12社)、都道府県(32社)、国(101社)のいずれかから得ている(重複受給を含む)。そのうち32社が同年度に重層的な補助金を得ている(うち4社が市区と都道府県から、8社が市区と国から、26社が都道府県と国から、3社が市区と都道府県と国から)。

 表1は市区、都道府県、国の補助金が受給企業の生産性(全要素生産性)に与える影響についての主な分析結果を示している。生産性向上という成果が表れるまで時間がかかることを考慮し、補助金受給と同じ年、翌年、翌々年の成果(生産性)への影響を分析する。また、補助金の効果の持続性を見るために、補助期間終了後、3年間までを受給期間に含めている。

 分析結果によれば重層的な補助金の効果は非常に大きく、市区と都道府県、市区と国からの補助金受給は、受給企業の受給後の全要素生産性を、補助期間終了後3年まで、平均でそれぞれ42.8、35.2%増加させる。対照的に、市区のみ・都道府県のみの補助金の効果は2年後に初めて生産性に表れる。これらの結果は、特に地域の中小企業に対して市区の補助金を含む重層的な政策が有効であり、地域の実情を踏まえた政策の立案と運営が重要であることを示唆する。

市区の支援の制約を克服

 筆者は15年度末に全国の都道府県と市区における研究開発補助金の実施状況を調査し(回答率85%、回答247事業)、都道府県の大半、市区の6分の1以上が補助金事業を実施していることを明らかにした。21年前半に実施した新たな自治体調査(全国815市区)では、全市区の3分の2にあたる534市区から回答を得たが、その46%が研究開発支援を実施していた。以下、質問項目に回答した196市区についてその内容をまとめる。

 回答市区の研究開発支援の実施状況と開始年度(中央値)を表2に示す。多くの市区は複数の研究開発支援事業を実施し、事業数の中央値は3件である。支援事業のうち最も多いのは補助金(66%)、次いで販路開拓支援(61%)、助成金の紹介や申請支援(59%)である。補助金事業の多くは企業間や大学などとの共同研究も対象とする。補助期間の中央値は1年と短く、補助金の上限(中央値)は100万円で、補助率を2分の1までとするものが全体の6割を占める。事業の開始年度の中央値をみると、最も早いのは融資や出資のあっせん(00年度)で、その後、設備・施設の利用仲介(07年度)や技術的助言の仲介(08年度)が開始され、10年度ごろからその他の支援事業が開始された。このように、回答市区の過半数において研究開発支援が地方創生の開始以前から実施されていたことは注目に値する。

 研究開発支援については市区の供給制約が大きく(担当職員数の中央値2人、専従職員数の中央値0)、また政策の経験もノウハウも乏しいので、資源の不足を外部との連携や分担によって補うことが必要になる。しかし、市区の研究開発支援事業のうち都道府県との連携事業として行われるものは少なく、都道府県の担当職員との情報交換の機会も少ない。

 市区の研究開発支援事業について商工会議所・商工会など、地域の民間団体・事業者の役割を尋ねたところ、「あまり関与していない」が40%と最も多く、次いで「一部を分担・協力している」が29%、「重要な情報やノウハウを提供している」が23%、「ほとんどを受託・実施している」が8%となっていた。自治体の研究開発支援において、地域の民間団体・事業者は一定の役割を果たしているものの、一層の連携の強化が求められると考えられる。

積極的な支援利用で効果

 筆者は現在、22年の地域企業調査(回答数516、回答率6%)の回答データを企業財務データや特許データなどと接続し、計量的手法を用いて自治体の政策の効果検証を進めている。これまでの暫定的な分析結果によれば、市区の研究開発支援には地域企業全体の特許出願件数と製造品出荷額を高める効果がある。また、市区の研究開発支援は国や県の研究開発支援よりも企業の新製品・新製法の創出を増やし、特に(補助金などの)ハード支援と(指導・助言などの)ソフト支援を同時に利用することの相乗効果が大きい。さらに、国・県・市区の研究開発支援の同時利用や、市区と民間団体・事業者の支援の同時利用にも相乗効果が見られる。この結果から、重層的な政策支援と地域の官民連携の重要性が示唆される。

 ただし、同じ企業調査の回答によれば、研究開発に取り組む企業が限られていることから、国・県・市区による研究開発支援を利用している企業も限定的である。回答企業の85%が市区による研究開発支援、77%が国・県による研究開発支援を過去3年間に一度も利用していない。地域イノベーションの促進に向けて、地域企業の研究開発への取り組みを促進し、研究開発支援の利用頻度を高めることが重要である。

(岡室博之・一橋大学大学院経済学研究科教授)

(西村淳一・学習院大学経済学部教授)


 ■人物略歴

おかむろ・ひろゆき

 1962年大阪市生まれ。84年一橋大学経済学部卒業。86年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。92年ドイツ・ボン大学でPh.D.(博士号)取得。一橋大学大学院経済学研究科准教授を経て、2011年より現職。専門は産業組織論、イノベーションと創業の研究。経済産業研究所コンサルティングフェロー、文部科学省科学技術・学術政策研究所客員研究官、企業家研究フォーラム会長。


 ■人物略歴

にしむら・じゅんいち

 1982年東京都生まれ。2006年一橋大学経済学部卒業。07年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。11年同大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士号取得。一橋大学イノベーション研究センター助手を経て、13年より学習院大学経済学部准教授。18年より現職。専門は産業組織論、イノベーションの経済分析。医薬産業政策研究所客員研究員、研究・イノベーション学会編集理事。


週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載

『研究開発支援の経済学』 自治体による支援の多様性 地域の官民連携が有効/下

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