ドルの信用に依存する中国債務危機の本質 市岡繁男
いま金融界の2大関心事は、2007年11月以来の水準に上昇した米長期金利の先行きと、中国の不動産バブル崩壊とその影響の2点だろう。筆者がみたところ、この二つの問題は根底でつながっている。
21年10月~22年9月の金利上昇は物価上昇=インフレ圧力によるものだった。だが、現在の金利上昇は、米財政赤字拡大に起因する構造的な問題である。
株式市場では米物価上昇率が昨年6月の前年比9.0%から、今年7月は3.3%に低下したことで、金利のピークが近づいたという見方が大勢を占めている。だが債券市場では、フィッチ社の米国債格下げを機に米財政赤字の深刻さがクローズアップされている。8月から長期金利が上昇し始めたのはこのためだ。
236兆円に膨らんだ米財政赤字
図1は今年5月、米議会予算局(CBO)が発表した連邦政府の「利払い費÷国内総生産(GDP)」予測値で、23年以降は利払い費のウエイトが急速に高まっていく。これまでは、利払い費の規模と債券の利回りは連動しており、財政赤字の拡大に伴って金利は更に上昇する可能性が高い。
さらに今年8月、CBOが発表した最新の月間レビューによると、政府の財政赤字は今年度(22年10月~23年9月)最初の10カ月間で1兆6200億㌦(約236兆円)と、1年前の7260億㌦(1060兆円)から2.3倍も増加したという。
その最大の支出項目は債務に対する利払い費(前年比34%増の5720億㌦)であり、この10カ月間(22年10月~23年7月)の国債利払い額は、歳入全体の15%超にもなる。
加えて米財務省は今年8月、向こう1年間の国債発行額を6割も増やす計画を発表した。2023会計年度においても、23年7~9月の3カ月間で約1兆㌦の国債を増発するというのだ。
米国債の2大保有国は日中
23年3月末時点の米国債発行残高(短期債や市場性がない国債を除く)は約20兆㌦(約2920兆円)なので、その増発額の大きさがわかる。しかも今から発行する国債の利率は4%超となるので、今年度の利払い費は今年5月のCBO予測を上回ることは間違いない。問題は、そんな大量に発行される国債を誰が買うのかということだ。23年3月末時点において、米国債を最も多く保有するのは海外投資家(短期国債を除く発行残高の33%)で、次は米連邦準備制度理事会(FRB)の23%だった。だがFRBは22年3月以降は量的引き締め策(QT)に移行し、国債の保有を減額し続けている。
海外投資家にしても、二大保有国である日本と中国は22年以降、ともに残高を大きく減らしている(図2)。
日本の財務省が発表する対外債券投資の累計額をみても、日本の投資家は21年秋から22年秋の米金利上昇期に外債を26兆円も売り越していた。
では、もう一方の米国債保有国、中国はどうか。
こちらも、この10年間に米国債の保有残高を減らし続けており、ウクライナ戦争が勃発した22年春以降は米国債離れを加速させている。ロシアの対外資産が凍結されたことや最近の米中関係悪化を踏まえれば、それも当然だろう。
だが中国には米国と決別できない弱みがある。
それは中国人民銀行(中央銀行)の資産の半分が外貨=ドルであることだ。
つまり人民元の信用はドルに依存しているのである。先進国の中央銀行は自国の国債を担保に通貨を発行しているが、国債の信用力が劣る中国は、その役割を米国債などに委ねているのである。
ちなみに中国は金の保有量を急速に増やしているが、人民銀行の資産に占める割合は1%未満に過ぎない。
中国不動産大手の債務はドル建て
ここで注目は、いま話題の中国大手不動産デベロッパーの債務不履行(デフォルト)は、いずれも外貨建て債務ということだ。
そういった企業の債権者である銀行やノンバンクは相当大きな含み損を抱えているはずだが、人民元建て債務がデフォルトになったという話は聞こえてこない。このことは、いま起きていることは氷山の一角であることを示している。
例えば、碧桂園(カントリー・ガーデン)のような大手デベロッパーが抱える下請け職人等に対する未払い債務は総額3900億㌦(約57兆円)に上るという試算もあるほどなのだ。
そういった人民元での返済はともかく、外貨建て債務は外貨がなければどうしようもない。
国際決済銀行(BIS)のデータによれば、中国の対外債務は2・2兆㌦もある(図3)。これに対し、外貨準備は3・4兆㌦あるので、数字の上ではまだ余裕があるようにみえる。だが、先述したように、この外貨準備は人民元発行の担保になっており、安易に使うわけにはいかない。
また、最近はロシアなどドルを介さない国との貿易上ウエートが増えている他、対米輸出も減少している。また一帯一路政策で新興国に貸した外貨建て資金の返済が滞っているという話しもあり、中国の銀行の外貨繰りはかなりタイトになっているのでないか。
米中関係が悪化した22年春以降、中国の米国債保有額減少と人民元安が連動していることは、その表れのようにもみえる(図4)。
中国の米国債売却は対外資産凍結に備える意味もあるが、実はドル不足に対応した苦肉の策である可能性も有り得る。
ドル不足に喘ぐ秋
ここで思い出すのは20年3月、コロナ禍の蔓延で世界中の金融市場が動揺した時のことだ。
3月上旬、米国株の急落時にドル円は1㌦=110円から100円に振れた。海外株の下落で円高になるのは珍しいことではないが、3月中旬に入ると100円から110円に一気に反転し、それと同時に、外国株や外債は更に売られたのである。
これは筆者の推測だが、期末の重要時期にドル不足に陥った邦銀は、(銀行間の相対取引ではなく)為替市場で円売りドル買いを行うと同時に、外株や外債を売ってドル資金を調達したのでないか。
というのは、3月下旬、FRBが日銀や欧州中央銀行などを対象に、無制限のドル貸与(スワップ協定)を行うと発表した途端に、内外金融市場の動揺が収まったからだ。逆にいえば、日本や欧州の銀行はそれほどまでにドル資金の調達に必死だったのである。
翻って今、中国の銀行がドル資金の調達に喘いでいるとしたら、これから9月の期末に向けて、米国債の投げ売りが加速するように思う。だが、その場合でもFRBが中国人民銀行にドル資金を貸与するとは考えにくいし、中国も米国にドルの供与を懇願するとは思えない。そこに今ある危機の深刻さがある。
(市岡繁男・相場研究家)