中国経済“日本化”の懸念 米の半導体規制もダメージに(編集部)
「失業率のデータが発表されなかった」
中国出身のエコノミスト、柯隆氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、母国の友人から届いたメールに目を疑った。8月15日に発表されるはずだった7月の若年失業率(16〜24歳)について、中国国家統計局がデータ公表を一時停止したとの連絡だった。
中国の若年失業率は景気減速を背景に上昇し、6月は21.3%と3カ月連続で過去最高を更新していた。7月は大学生の卒業時期と重なるため、数値が大幅に上昇することが見込まれていた。「失業率上昇を景気減速の証しと受け止められることを嫌った政府が公表を見合わせた」とみられている。
メールに対し、「全世界で笑われるよ」と返信した柯氏。「健康診断の数値が悪すぎたから通知しなかったというようなものだ。その受診者は死んでしまうだろう。政策立案者にとって、一番重要なデータが発表されないというのは驚くべきこと」とあきれ顔だ。
進展する「日本化」
中国の経済成長は鈍化し、企業や家計は将来不安を抱えている。デフレや少子高齢化という課題も深刻化しつつある。今、広がりつつあるのは「日本化する中国」という表現だ。バブル崩壊後、「失われた30年」と呼ばれる長期低迷にあえいだ日本経済と共通する課題が多いことを示している。
数ある中国の課題の中でも深刻なのは不動産不況だ。新築の住宅販売は2022年に3割弱落ち込み、23年も下落が続いている。建築途上で放置された高層マンションは各地で問題視されている。
8月17日には、経営再建中の中国不動産大手、中国恒大集団が、米ニューヨークの裁判所に連邦破産法15条の適用を申請した。これは米国籍以外の企業が、米国内の資産を保護する目的で申請するもので、認められれば資産の強制的な差し押さえを回避することができる。報道を受け、中国国内のSNS(交流サイト)では、「また住宅価格が下がるのか」などの書き込みが相次いだという。
だが、より懸念されるのは、業界首位の大手不動産開発会社「碧桂園(カントリーガーデン)」の経営不振だ。外貨建て社債の利払いが期日までに行えず、国内債券の取引を停止した。同社は恒大の4倍以上のプロジェクトを抱えているとされる。デフォルト(支払い不能)の懸念が高まっており、野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「2年前に恒大の経営不安が表面化した時よりも、今の方が事態は、より深刻ではないか」と指摘する。
中国経済への逆風は、外からも吹きつける。米商務省が8月に発表した貿易統計によると、今年1〜6月の米国へのモノの輸入額で、中国が15年ぶりに首位から陥落、メキシコ、カナダに次ぐ3位となった。
「米中対立は中国経済に悪影響を及ぼしており、特に、半導体規制がじわじわと締め付けている」。経済安全保障などに詳しい笹川平和財団の小原凡司・上席フェローが指摘する。米国が進める友好国と半導体などの重要物資についてサプライチェーン(供給網)を構築する策の効果が大きい。対する中国政府は、半導体の材料となるレアメタル(希少金属)やEV(電気自動車)のモーターなどに使われるレアアース(希土類)の輸出規制に動いている。だが、現状について小原氏は「米国側の強気の発言が目立つ。自信を持っていると捉えていいだろう」と解説する。
対立の余波で、外資企業による対中投資は激減。中国国家外貨管理局の発表によると、外国企業による4〜6月期の対中直接投資は、前年同期比で87%減り、過去最大の落ち込みになったという。
中国は、自前の供給体制を築き、巻き返す構えだ。だが、「ハイテク分野のイノベーションの力が不足している」(柯隆氏)ことが足かせになりそうだ。習近平国家主席がこれまで「国進民退」の名の下で進めた民営企業の国営化により、重厚長大産業を中心に、収益力の低下は顕著になっている。
GDP(国内総生産)で世界2位の経済大国の変調は、世界にどのように波及するのか。先行きは見通せない。
(安藤大介・編集部)
週刊エコノミスト2023年9月5日号掲載
中国危機 懸念深まる「碧桂園」破綻 米国との対立も大ダメージ=安藤大介