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FRB議長のジャクソンホール講演に驚きなく インフレ抑制継続が課題に 加藤出
米カンザスシティー連銀が夏に開催するシンポジウムは、以前は地味なイベントだった。1982年に同連銀幹部は、ポール・ボルカーFRB(米連邦準備制度理事会)議長を招けば話題になると考えた。ボルカー氏が釣りが好きであると知った彼らは、良い渓流がある場所を探した。その結果、開催場所が都市部から標高約2000メートルのジャクソンホール(ワイオミング州)に移されたのである。
それ以降、同シンポジウムは有名になり、近年は世界の中央銀行幹部が金融政策の方向性を示唆する場として注目を浴びている。
もっとも8月25日のパウエルFRB議長の講演は、市場にサプライズを与えるものではなかった。先行きの利上げについて、事前の市場の織り込み程度がFRBとしては心地よかったからである。11月までに追加利上げが行われる確率を5割程度と市場は見ていた。
インフレ率のピークアウトにより利上げは最終局面に来ている。しかし金融市場がそれを楽観して株価が高騰したり、長期金利が急低下したりすると、消費や住宅投資などが活発化してしまい、インフレ率再上昇の恐れが出てくる。追加利上げに市場が適度に警戒心を持っている今の状態はFRBには好都合なのだ。
利上げは11月会合か
今回のパウエル氏の語り口から推測すると、9月の連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げは想定されていないようだ。11月初旬の会合が注目となる。
パウエル氏は、追加利上げは経済指標次第であり、それが必要になるケースとして、①米経済が十分に冷えず、潜在成長率を超える成長が続きそうな場合、②賃金伸び率の鈍化が止まってしまいそうな場合──を挙げている。一方で、利下げ開始時期はまだかなり遠いことをパウエル氏は明確に強調していた。消費者物価指数の総合指数は下がってきたとはいえ、インフレの基調を表す指数の低下はゆっくりだ(図)。
インフレを高騰前の状況に戻す道のりの中で、実はこれからの「ラストマイル(最終局面)」が最も難しいという見方が最近台頭している。今回のインフレがもたらしたショックにより、企業や家計の行動に顕著な変化が生じている。彼らはこれまでの収益悪化や実質賃金減少を取り返そうとしており、価格設定や賃金交渉はすぐには元に戻らないという。
また、ラストマイルの中で失業率が上昇してくれば、政治家は「無理にインフレを目標まで下げなくていい」と中銀に圧力をかけてくる恐れもある。ラストマイルの過程で粛々とインフレ抑制を続けられるか否かが来年以降のFRBの大きな課題となるだろう。
(加藤出、東短リサーチ・チーフエコノミスト)
週刊エコノミスト2023年9月12日号掲載
FOCUS ジャクソンホール会議 FRB議長講演に驚きなく インフレ抑制継続が課題に=加藤出