チームスポーツの“つながり” 成塚拓真
有料記事
選手同士の複雑な相互作用からサッカーの「パターン」を得るにはネットワークの視点が役立つ。
サッカーは感染症と似ている
「野球が統計のスポーツだとすれば、サッカーはパターンのスポーツだ」。これは、英国人の数学者、デイビッド・サンプター氏が著書『サッカーマティクス』(光文社、邦訳版2017年)の中で述べた言葉だ。00年代以降、米メジャーリーグは個人のパフォーマンスをさまざまな統計指標で評価する手法(セイバーメトリクス)を導入し、「データ革命」を巻き起こした。
しかし、同じことをサッカーに適用してもうまくいかなかった。多くの選手がフィールド上で直接的に相互作用するサッカーでは、パスのつながりやフォーメーション(選手の配置)の変化など、チームワークが作り出す「パターン」のほうが本質的だったのである。試合中に現れる複雑なパターンをどのように数値で捉え、分析すればよいのか。膨大なデータを前に、多くの研究者は途方に暮れることになった。
ネットワーク科学の登場
時を同じくして、物理学を中心にネットワーク科学と呼ばれる研究が発展していた。ネットワークとは、複数の「ノード(頂点)」を「リンク(線)」で結んだ抽象的な構造を指す。この概念は、元々「グラフ理論」という数学の一分野として研究されていたが、大規模データへのアクセスが可能になると、実世界の現象を分析するための新たなツールとして注目されるようになった。例えば、企業をノードとし、取引のある企業同士をリンクで結ぶと、企業間の取引ネットワークができ上がる。また、知人関係、鉄道の路線網、脳の神経細胞のつながりもネットワークの典型例だ。
これらのネットワークは膨大な数のノードが複雑なリンクで接続された構造を持つが、「リンクが存在するノード間に1、それ以外に0」といったように数値を割り当てることで、隣接行列という数学の手法を用いて分析できる。こうして、20世紀末にはさまざまな大規模ネットワークが持つ共通の性質が明らかになった。例えば、知人関係のネットワークでは、何人かの知り合いを介すだけで世界中の人々とつながれる。また、ほとんどの人は知人数が限られている一方で、非常にたくさんの知人がいる人物(ハブ)が少数だけ存在する。これらはそれぞれ「スモールワールド性」「スケールフリー性」と呼ばれ、知人関係に限らず多くのネットワークが持つ性質である。
ネットワーク科学は、ある種の現象の予測やメカニズムの解明にも役立つ。それは、感染症やうわさなどの伝播(でんぱ)現象である。人間同士の接触を通じてウイルスが拡散し、SNS(交流サイト)のつながりを介して情報が伝わるこれらの現象では、まさにネットワークの構造が本質的な意味を持つ。
例えば、多数のリンクを持つハブの存在や一部のノード同士が密につながったコミュニティー構造は、情報の拡散性を大きく左右することが知られている。新型コロナウイルスの感染拡大やフェイクニュースの拡散、SNSでの炎上などは、いずれもネットワーク科学によって多くの事実が明らかにされた例である。
サッカーのネットワーク
ここで冒頭の話題に戻り、改めてサッカーという競技について考えてみよう。まず、サッカーの目的は、失点を抑えつつ、ボールを相手ゴールになるべく多く入れることだ。そのためには、複数の味方選手を経由してボールを前線に運び、最終的にシ…
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週刊エコノミスト
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