日本の発送電分離は“所有権分離”が不可欠 高橋洋
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大手電力会社の不祥事により、電力事業の「発送電分離」のあり方について見直しが求められている。
大手不正で揺らいだ公正競争
2023年に入り、大手電力会社の送配電部門の「所有権分離」が注目を集めている。この背景には、昨年末から表面化した、大手電力による新電力の顧客情報の漏洩(ろうえい)・不正閲覧などの違法行為が存在する。電力市場における公正競争を実現するために不可欠な所有権分離の存在が今、再びクローズアップされている。
発送電分離とは、大手電力から送配電部門を分離・中立化する構造改革である。元々、電気事業は法定独占であり、発電・送配電・小売りの3部門は一体的に経営されてきた(発送電一貫体制)。1990年代から世界的に電力自由化が進んだが、競争に委ねられたのは発電・小売り部門であり、送配電部門はネットワークインフラとして今後も法定独占が続く。発電・小売りの新規参入者にも共通に利用してもらうべきだが、これを所有する大手電力は、「敵に塩を送る」ことにためらうだろう。
このインフラを開放させる理屈は、次のような比喩でも説明できる。航空業界では、多数の事業者が競争を繰り広げているが、もし大手1社が各地の空港を所有・運用していたら、どうだろうか。自社便の離発着を優先したり、不便なゲートを他社便に割り当てたりしないだろうか。一つの会社が競争部門と独占部門を兼ねれば、そのようなことが起きかねない。だから空港は一般に行政が所有し、日々の離発着は航空管制官に委ねられている。電力業界でも同様の措置が必要なのだ。
最も徹底した手法
発送電分離は多くの先進国で実施されてきたが、いくつかの手法がある。最も徹底した手法が送配電部門を売却する所有権分離である(図)。独立した送配電会社は自社の利益のために、全ての発電・小売り会社を顧客として平等に扱うようになる。再生可能エネルギー(再エネ)発電所が建設されれば、接続が速やかに行われ、電気は確実に消費者の元へ届けられる。
また、託送料は認可料金であるため、政府が再エネのために送配電網を増強する方針を示せば、総括原価主義の送配電会社は積極的に協力する。その結果、電気料金高騰の折に太陽光の電気を捨てる(出力抑制)ことが、極力少なくなる。これらは、現在の日本にとって不可欠なことばかりだろう。
実際に英国、イタリア、スペイン、スウェーデンなど多くの欧州諸国は、90年前後から所有権分離を実施してきた。これらの国では大手電力が国営だったが、ドイツのように民営の国では、政府が送電事業の売却を命じることは、私的財産権の観点から難しかった。その結果選択された手法が、法的分離である(図)。
法的分離では、大手電力に送配電部門の子会社化が求められる。登記上別会社となり、会計も別になるため、一定程度独立した経営を期待できる。しかし他部門との資本関係は残るため、中立化は十分でない。そのため送配電子会社には、親会社や兄弟会社との間で経営陣を分離し、情報を遮断するなどさまざまな行為規制が課され、規制機関の厳しい監督下に置かれる。
維持された「一貫体制」
日本でも00年代初めに、経済産業省が発送電分離の議論を進めたが、大手電力などの反対に遭い、実現しなかった。しかし、11年の東京電力福島第1原発事故や計画停電を経て、改めてその必要性が認識され、20年度(東電のみ16年度)に法的分離が実施された。これに先んじて、電力・ガス取引監視等委員会(電取委)が新設され、電気事業法には情報漏洩の禁止が明記された。
そのような中で23年に判明したのが、大手電力7社の送配電子会社による情報漏洩である。電取委の調査によれば、送配電子会社の情報システムのマスキングが甘く、またパスワードを渡すなどしたことで、小売り部門が新電力の顧客情報を盗み見て、一部では営業活動に利用した。数千人の社員が数十万件の顧客情報を閲覧していたことから、不正は日常的だったと思われる。さらに全大手電力において、小売り部門が経産省の再エネ業務管理システムを不正閲覧していたことも判明した。
要するに、大手電力の社内…
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週刊エコノミスト
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