国際・政治エコノミストリポート

関東大震災100年 なお残る都市火災リスク 関澤愛

 「火に追われたる避難民上野駅に押寄す」「大正十二年九月一日大震火災の実況」と題する当時の絵はがき 撮影者不明、東京都立図書館提供
「火に追われたる避難民上野駅に押寄す」「大正十二年九月一日大震火災の実況」と題する当時の絵はがき 撮影者不明、東京都立図書館提供

 1923(大正12)年9月に発生した関東大震災から100年。災害に強い街づくりのために、改めてどんな教訓が得られるのだろうか。

“首都直下”対策十分か

 関東大震災は東京、横浜を中心に南関東とその隣接地域に未曽有の被害を及ぼしたが、その特徴は死者・行方不明者10万5000人以上のうち、火災によるものが9万2000人と全体の9割近く(87%)を占めたことだ。大規模地震時での火災被害の恐ろしさを教えた歴史的な災害として位置づけられる。

 政府によると、マグニチュード(M)7程度の首都直下地震の発生確率(30年以内)は70%とされる。しかし、それは30年後の話ではなく、今日、明日起きてもおかしくない。100年という節目に、改めて当時の火災被害やその後の消防防災の移り変わりを振り返るとともに、大規模地震時の同時多発火災のリスクにどう備えるべきか、その課題について述べる。

同時多発火災の教訓

 東京市(当時)では、9月1日午前11時58分の地震発生直後から火災が発生し、それらの一部は大規模火災となって9月3日午前10時まで46時間にわたって延焼が続いた。震災予防調査会の調査を基に作成された「東京震災録」〈東京市:東京市役所編、東京震災録(1926年3月)〉によると、全出火点134カ所のうち即時に消し止められた火災が57カ所で、消し残しになった77カ所が延焼火災となった。延焼は、市域全面積79.4平方キロのうち43.6%に当たる34.7平方キロに及び、日本橋区、浅草区、本所区、神田区、京橋区、深川区ではほとんどの市街地が焼失した。

 地震のあった1日から2日にかけて気象の変化はかなり激しく、1日昼過ぎまでは南風だったが、夕方には西風になり、夜は北風、2日朝からは再び南風となった。こうした風向きの変化に伴う延焼方向の変化が延焼範囲の拡大や避難者の逃げ惑いを生じさせ、逃げ場を失った避難者の犠牲が増大する要因につながった。

 大震災直後に、震災予防調査会によって作成された「火災延焼動態図」〈内閣府:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1923年関東大震災(第1編)、第5章 火災被害の実態と特徴(2006年)〉によって、火災が時刻別にどのように延焼拡大したかを知ることができる。以下では、主に内閣府の「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」〈中村清二:大地震による東京火災調査報告、「震災予防調査会報告」第100号戊(震災予防調査会、1925年3月)〉を基に、火災による被害状況を見てみよう。

 図1で各時刻での焼失範囲を示した。図中の薄い灰色の部分は最終的な焼失範囲を、黒枠の濃い灰色の部分はその時刻までに焼失した範囲を示している。地震発生後1時間後の午後1時には浅草区、神田区、本所区にある火災が広がり始め、午後3時にはこれらの火災が合流し、この3区では区の半分以上が焼失している。午後4時には、大勢の避難者が集まっていた旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡地(現在の墨田区)が火災に囲まれている。被服廠跡地では、四方向から迫る火災や火災旋風により約3万8000人が命を落とした。その後、深川区を加えて午後6時には火災が合流して周辺一帯が焼失した。

 延焼の拡大と死者発生の関係を示したもの〈竹内六蔵:大正12年9月大震火災による死傷者調査報告、「震災予防調査会報告」第100号戊(震災予防調査会、1925年3月)〉が図2だ。薄い灰色の部分が最終的な焼失範囲で、濃い灰色の部分は1日午後5時までの延焼範囲を示す。濃い灰色の範囲に死者100人以上を示す●印が重なっていることから、多数の死者が一つの場所で発生するのは午後5時ごろまでで、その後は少人数が散発的に亡くなっていることが読み取れる。これらの事実は、大規模地震時に備えて同時多発的に発生する火災を想定するとともに、広域避難場所の確保と早期の避難誘導が重要であることを物語っている。

 発災直後に被災者が置かれた状況はどうだったのか。震災直後、人々は地震による家屋の倒壊の恐れと相次ぐ余震の大きな揺れに対する恐怖から、住居や職場の建物から離れるとと…

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