資産運用立国「スタートアップ投資」の本音 川辺和将
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最近の首相官邸・金融庁の動きや金融業界の反応を観察すると、「資産運用立国」を実現するための苦しい政策変更が見えてくる。
政府が批判的だったESG投信などを岸田政権は推進
岸田政権は預貯金に偏る家計の金融資産を投資に振り向けさせる政策の一環として、「スタートアップ投資」の推進を掲げている。
スタートアップとは「創業間もない会社」といった意味にすぎないが、政府は最近、ベンチャー企業をスタートアップ企業と言い換えるようになっている。例えば、経済産業省など中央省庁が主催する「日本ベンチャー大賞」は2022年から「日本スタートアップ大賞」に改称された。表彰式の会場は首相官邸で、岸田文雄首相が出席するほどの力の入れようだ。
岸田政権は22年11月、「スタートアップ育成5カ年計画」を策定し、今年6月にまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」23年改定版でスタートアップ投資の重視を打ち出した。「実行計画」にはスタートアップ企業に関する記述の中に「日本の個人金融資産がスタートアップの育成に循環する」とある。
金融庁や経産省は以前から「家計の現預金を企業への投資に回す」「スタートアップ企業へ積極的に資金を供給する」の二つを政策課題としてきた。岸田政権は両課題を一体化し、「家計の現預金をスタートアップ投資に回す」という方針で独自色を打ち出したわけだ(表)。
創業間もない会社であるスタートアップ企業の大半は非上場であり、家計の現預金をどのように回すのかは想像しにくい。しかし、金融庁はすでにその道筋を示している。スタートアップ企業などの非上場株式を投資信託に組み入れることを提言しているのだ。首相の諮問機関である金融審議会の作業部会が10月に開いた会合で、事務局を務める同庁が作成した資料には「非上場株式への投資に関し、リスクを理解し許容できる一般投資家に対してもリスク選好に応じた投資機会が提供されることは、(中略)スタートアップへの円滑な資金提供にも繋(つな)がる」と記した(図)。
金融業界の冷めた目
金融業界からは「自己責任論を盾にして個人に高いリスクを取らせるのは、金融庁が批判してきた昭和的な“株屋”の営業手法そのもの」と冷ややかな声が聞こえる。ある地方銀行の幹部は「金融庁がこれまでこだわってきたインデックス型投信を中心とした長期・分散・積み立ての投資とはあまりに乖離(かいり)している」と、戸惑いを隠さない。
インデックス型投信とは日経平均株価や米国のS&P500種株価指数といった株式、債券、国際商品などの「指数」に連動することを目指す投信だ。政府が18年、NISA(少額投資非課税制度)を拡張して「つみたてNISA」を追加した際、金融庁はインデックス型投信を毎月少額ずつ積み立てる投資法を推進した。手数料やリスクが比較的低く、中間層の資産形成に適しているという考えだった。
ただ、つみたてNISAが始まってから5年たった今年3月末現在、家計金融資産2056兆円に占める現預金の割合は54%と依然として高い(日銀「資金循環統計」による)。政府がもくろむ「貯蓄から投資へ」は道半ばだ。
そこで、岸田政権は22年11月、二つの計画を策定した。一つは前述したスタートアップ育成5カ年計画。もう一つはNISAを全面刷新し、買い付け額を現状の2倍の56兆円にするとした「資産所得倍増プラン」だ(表)。世間の注目を集めたのはNISAの恒久化や投資上限額の拡大だったが、ある金融庁中堅職員は「単なる制度拡充ではない。家計の資産形成の後押しに徹するはずのNISAの趣旨が変わった」と指摘する。
確定給付年金も活用
どういうことか。現行制度の一般投資枠は24年1月に始まる新NISAでは「成長投資枠」という名称に変わる。前出の職員によれば、名称変更は「新NISAに『国内企業への資金供給』という全く新しい“大義”が付け加えられたことを意味する」というのだ。
国民の多くはインデックス型投信でさえ「元本割れが嫌だ」と敬遠する。どうすればそのような人々が考えを変え、金融庁が「リスクが高い」と認める非上場株式に投資するというのか。政府が目を付ける方法が二つある。
一つ目は、「インパクト投資」だ。気候変動などの課題解決を目指す「ESG(環境・社会・企業統治)投資」の一種とされるが、課題解決に加え収益拡大も目指すという点に特徴がある投資手法だ。
政府が6月、閣議決定した「骨太の方針」には「インパクト投資の促進等を通じ社会的起業家(インパクトスタートアップ)への支援を強化」と記載した。スタートアップ企業を後押しする手段としてインパクト投資を明確に位置付けた格好だ。
さらにスタートアップ企業に資金を振り向けるインパクト投信を新NISAの「つみたて投資枠」の対象商品に加える可能性も浮上し…
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週刊エコノミスト
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