教養・歴史書評

偉人に大王にイエス……ヒゲをめぐる男性性の文化史 楊逸

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 最近、円安・ドル高の影響もあって、街でも電車の中でも欧米からの観光客をよく見かける。とりわけヒゲ面メンズが多いのは余暇のリラックス状態のほか、なにか文化的な意味もあるのだろうか。

 ヒゲを不思議に思ったのは小学生の頃。教室の前方に掲げられた「偉人」の写真──マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリン、毛沢東──顔が濃い毛に覆われる前の4人に対して、なぜかわが主席だけはあごがつるつるだった。

『ヒゲの文化史 男性性/男らしさのシンボルはいかにして生まれたか』(クリストファー・オールドストーン=ムーア著、渡邊昭子・小野綾香訳、ミネルヴァ書房、4950円)を読む。

「ある科学者は一九七〇年の『ネイチャー』誌で、遠方にいる恋人を訪れる前の数日にヒゲが速く伸びたことがわかったと報告した」。性行為を期待することで男性ホルモンのレベルが上昇したのが原因らしい。その昔ヨーロッパでは「毛は、生命、神の恩寵(おんちょう)、威厳、そして強さの証であり、それを失うことは不名誉と破滅を意味した」という。

 この「ヒゲの支配」を180度覆したのはかのアレクサンドロス大王だ。紀元前331年9月30日、アジアの覇権をめぐってペルシア皇帝と決着をつける戦いに臨む大王は、「最後の指令は、カミソリの使用だった」。敵のヒゲをつかむ戦術を思いついたそうだ。むろん彼も率先して顔をきれいに剃(そ)ったことは、今に残るその大理石像から確認できる。

 一方でヒゲは、芸術家たちによって「人間でも神でもあるイエス」を表現することにも活用されてきた。イタリアのいくつかの教会に残る古い宗教画にヒゲのあるイエス像とそうでないものが同時に存在する。

「受難と復活のキリストにはヒゲがある。説教と奇跡をおこなうイエスにはない。いずれの場合も、その毛はまわりの人と対照的であり、唯一性を補強する。地上においては、ヒゲのある死すべき人の間で、なめ…

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