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アルゼンチン新政権に難問二つ 少数与党と高貧困率 菊池啓一

過激な主張が注目を集めるが……(アルゼンチン大統領選で勝利したミレイ氏)Bloomberg
過激な主張が注目を集めるが……(アルゼンチン大統領選で勝利したミレイ氏)Bloomberg

 アルゼンチンでは11月19日に大統領選決選投票が行われ、右派の野党連合「自由前進」のハビエル・ミレイ下院議員が勝利した。12月10日に新政権が発足する。メディアはもともと注目していたが、2021年に政界入りしたばかりのミレイ氏が勝利した背景として、外貨購入規制に伴う輸入制限や通貨ペソの大幅な下落による高インフレに対し、国民の不満が蓄積していたことを指摘できるだろう。

 メディアはミレイ氏の「米ドルの法定通貨化」や「中央銀行の廃止」といった金融面の主張を取り上げがちだ。しかし、前者の実現には外貨購入規制を解除する必要があるが、ミレイ氏は早期解除に否定的な立場を取っている。アルゼンチンでは高金利の中央銀行短期債が大量発行されており、この問題を解決せずに外貨購入規制を解除するとハイパーインフレにつながるという理由だ。

 また、後者について、ミレイ氏は強く主張しているものの、実施しないのではないかという見方も根強い。選挙公約でも、アルゼンチンの経済再生に向けて示した35カ年計画の最終段階に中央銀行の廃止を位置付けており、そもそも早期実施は想定していない。本稿執筆時点(12月4日)の各種報道を確認する限り、新政権1年目の中心となるのは、これらの政策の実現に向けた構造調整だ。

 ミレイ氏は、政府系石油会社YPFの株式売却を含めた国営企業の民営化や省庁数の削減、「公金の無駄遣い」と揶揄(やゆ)されることも多い予備選挙制度の廃止などを内容とする改革法案を、12月の臨時国会に提出するとしている。同法案には、国外からの投資促進に向けた各種経済規制の大幅な緩和や、税制改革、労働規制改革なども含む予定という。

1年で物価2.4倍

 これらの構造調整は、現在アルゼンチンが融資を受ける国際通貨基金(IMF)も支持していると考えられる。しかし、その実現は二つの理由から決して容易ではない。第一に、ミレイ氏が率いる「自由前進」は、下院では257議席中38議席、上院では72議席中7議席しか保持していない。議会での支持拡大を模索しているが、構造調整策を中心とする法案が議会で過半数の支持を得られるかどうかは不透明な状況だ。

 第二に、国民がドラスチックな構造調整に耐えきれるのかという問題がある。アルゼンチンは10月時点で、前年同月比140%超のインフレ率(物価2.4倍)を記録しているが、ミレイ氏はインフレの抑制に18~24カ月かかるとし、24年が経済的に厳しい年になると予告する。国家統計センサス局によれば、23年1~6月の貧困率は40.1%に上っており、早期に結果が出なければ抗議運動が活発化する可能性が否めない。

 ミレイ氏が経済面の過激な主張を実現するには目の前の課題の解決に取り組まざるをえず、議会での支持拡大と国民の説得が不可欠である。

(菊池啓一・アジア経済研究所主任研究員)


週刊エコノミスト2023年12月19日号掲載

FOCUS アルゼンチン大統領選 「中銀廃止」など“過激”主張 勝利のミレイ氏に二つの難問=菊池啓一

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