経済・企業

2030年に700万人不足 省力化投資が命運を分ける 和田肇・編集部

「スタッフ不足のためランチタイム営業をしばらくの間お休みさせていただきます」──。

 お昼時の東京・神保町。あるレストランの前に貼られた案内が窮状を物語る。新型コロナウイルスが今年5月、感染症法上の5類に移行し、3年ぶりに経済活動が戻ってきた日本。しかし、コロナ禍が明けてみると、コロナ前とは環境が一変していた。インフレ、円安、そして特に深刻なのが人手不足だ。いかに人手をかけずに事業を継続できるかが、今後の企業の生き残りに直結する。

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看護師不足対策の一つとして導入された自動配送ロボット「FORRO」=川崎重工業提供
看護師不足対策の一つとして導入された自動配送ロボット「FORRO」=川崎重工業提供

 川崎重工業が人手不足に対処するために開発を進めているのが、自律走行する屋内配送ロボット「FORRO」(フォーロ)だ。高さは1.4メートルで、構造が複雑な病院内を電動で走行する。約2年間の実証実験を経て、今年7月には愛知県の藤田医科大学病院、11月には東京都の同大学東京先端医療研究センターで試行サービスが始まり、計4台が導入された。病院では医療機器や医薬品、検体などを配送する。

 病院では通常、大量の医療機器などの在庫管理や配送を看護職員が担っており、業務の大きな負担になっていた。看護師不足も深刻で、厚生労働省によると、25年度の看護職の需給予測では全国で最大27万人が不足する見込み。川崎重工のプロジェクトリーダー、小倉淳史氏は、「配送を自動ロボットに担わせることで、医療従事者のみなさんの負担を減らし、本来の仕事に集中できるようにしたい」と語る。

 24時間運用可能で人同士が直接接触しないため感染症予防にもなるといった利点は多い。ただ、ロボットがエレベーターを使用するには、エレベーター側のシステム改修が必要になるという課題もある。価格は検討している段階で、初期費用のほかにサブスクリプション(定額)方式で毎月、人件費1人分以上の使用料を想定しているという。

「倒産」件数は過去最多

 来年4月からトラックドライバーなどの時間外労働に上限規制が適用される「2024年問題」。大型トラックの自動運転技術開発を進めるスタートアップ、T2(千葉県市川市)は今、25年の「レベル2」(部分的な運転の自動化)の本格導入を目指す。同社の森本成城社長は「2024年問題は物流が大きく変革する始まりに過ぎない」と強調する。

 自動運転には高精度の物体認識技術や、道路環境を判断して指令する技術などが必要だが、車体が大きいトラックは普通車以上に高度な技術が求められる。T2は今年4月、千葉県内の東関東自動車道で自動運転トラックの走行実験に着手。今年6月には次世代物流施設開発を目指す三菱地所と資本業務提携するなど、「レベル4」(高速道路など限定された環境での自動運転)の目標実現に向け走り続ける。

 国内の人手不足は今後、人口減などによりますます深刻化しそうだ。みずほリサーチ&テクノロジーズ(R&T)の試算では、23年は409万人の人手不足だったのが、30年には698万人に拡大する(図1)。現在でも、人手不足は事業の存続を脅かすレベルで、帝国データバンクによれば今年の「人手不足倒産」は10月までですでに全国206件と、調査開始した14年以降で年間の過去最多を更新している。

 今年7~9月期の実質国内総生産(GDP)成長率が前期比年率2.1%減(1次速報値)と、力強さに欠ける日本経済。そうした中でも、国内で堅調に推移するのが企業の設備投資だ。日本政策投資銀行の23年度設備投資計画調査(今年6月時点)では、全産業で前年度比20.7%の大幅増を記録。みずほR&Tによれば、年度末にかけて下方修正される傾向を考慮しても、6~8%増となる見込みだ(図2)。

 脱炭素化などが大きな設備投資のテーマに挙がるが、政投銀設備投資研究所の鈴木英介主任研究員は、「“隠れ”省力化投資が高い設備投資水準を後押ししている」と分析する。例えば、駅のホームドア設置は安全対策が目的だが、駅員の削減や電車のワンマン運行につながっている。大規模な物流施設開発も同じで、物流処理能力の増強が結果として配送・荷役の効率化、省力化をもたらしている。

外食・中食業界が一変?

炒め調理ロボット「I-Robo」=TechMagic提供
炒め調理ロボット「I-Robo」=TechMagic提供

 省力化投資は新たなビジネスを生む可能性も秘める。自動調理ロボット開発のTechMagic(東京都江東区)は今年10月、「世界初」という炒め調理ロボット「I-Robo」の試験稼働を、中華料理チェーン「大阪王将」の店舗で始めた。最大の特徴は、チャーハンや炒めものなど熟練の料理人のレシピを自動で再現できる点だ。

 I-Roboはメニューに応じて加熱温度や加熱時間、鍋の回転スピード、回転方向を柔軟に調整可能で、TechMagicの白木裕士社長は「単に人手不足対策ではなく、外食・中食産業のあり方が変わるビジネスチャンスになる」と強調する。材料とレシピがあれば料理を提供する場所は問われなくなり、一つの店舗で複数のレストランやチェーン店の料理を味わえる未来も見えてくるからだ。

 政府も省力化投資の支援の後押しに力を入れる。11月30日に参院で可決・成立した23年度補正予算では、「中小企業省力化投資補助事業」として1000億円を計上した。中小企業・小規模事業者を対象に、カタログから省力化につながる汎用(はんよう)製品を選べるようにし、導入費用の半額を補助する初の事業(事業者の規模に応じて補助額に上限)。事業者側にかかる導入設備の調査や選定にかかる手間を省くための工夫だ。

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した23年版の「世界競争力ランキング」では、日本の競争力は64カ国・地域の中で35位と、1989年の公表開始以来、最低となった。内閣府や日銀が推計する潜在成長率(経済本来の実力)も、長く1%にも届かない。みずほR&Tの中信達彦エコノミストは「30年度以降はさらに人口減少ペースが加速するため、プラス成長を維持するには高い生産性の上昇率維持が必要になるが、道のりは険しい」と指摘する。

 人手不足を契機に投資を継続し、生産性を引き上げられるかが、企業だけでなく国全体の行方をも大きく左右する。

(和田肇〈わだ・はじめ〉編集部)


週刊エコノミスト2023年12月19日号掲載

日本経済総予測 2030年に700万人不足 省力化投資が分ける命運=和田肇

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