国際・政治

韓国でついに「犬肉食」禁止へ-国会で食用犬の飼育・食肉処理禁止法が可決 澤田克己

韓国大統領府が関係各所に送った年賀状。尹錫悦大統領(左)と妻の金建希氏子犬を抱えている=ソウルで2024年1月9日、日下部元美撮影
韓国大統領府が関係各所に送った年賀状。尹錫悦大統領(左)と妻の金建希氏子犬を抱えている=ソウルで2024年1月9日、日下部元美撮影

 韓国国会で、犬の食用飼育や食肉処理などを禁じる法案が可決された。韓国の犬食は主として欧米の動物愛護団体や活動家から非難されてきたが、近年は国内でもペットを飼う人が増えてきたことから敬遠されるようになっていた。ほぼ半世紀にわたって繰り広げられてきた犬食の是非を巡る攻防を振り返ってみたい。

古代からある犬を食べる文化

 韓国KBSテレビによると、始まりは1975年の畜産物加工処理法改正だった。犬の食肉処理に関する衛生基準などを定めたことで、犬食が法律で公認された形となった。ただ、欧米からの強い批判を受け、3年後には犬肉を「畜産物」から外す再改正に追い込まれた。ただ食用犬を育てる農場の根拠となる法律などは残されたため、犬食は合法とも、違法とも言えないグレーな存在となった。

 そもそも犬の肉を食べる文化は、朝鮮半島では古代からあったとされる。朝鮮時代の書物にも、夏の暑さを克服する精のつく食べ物として犬の肉にネギを加えて煮込んだスープが紹介されているという。現代の韓国でも、日本でいえばウナギのようなイメージで食されてきた。

韓国でも犬を飼う人が増え大切に扱われるように(ソウル市江南地区のペットケアセンター) Bloomberg
韓国でも犬を飼う人が増え大切に扱われるように(ソウル市江南地区のペットケアセンター) Bloomberg

 欧米からの批判のボルテージが上がったのが、ソウル五輪(1988年)を控えた1980年代半ばだ。韓国製品の不買運動や五輪ボイコットの主張まで出たため、韓国政府やソウル市は対策に追われた。表通りにあった専門店は裏通りに、郊外へと追いやられ、「補身湯(ポシンタン)」と呼ばれていた料理名は書き換えを強いられた。

 筆者がソウルに留学したのは1989年のことだ。ソウル五輪で裏通りに追いやられたとはいえ、都心部でも犬肉専門店を見かけることはあった。ただ、この頃にはすでに中高年男性の好む食べ物というイメージを持たれていたように思う。

ブリジット・バルドーさんは「野蛮人」と

 その後はしばらく落ち着いていたが、日韓が共催したサッカー・ワールドカップ(W杯、2002年)を前に再燃した。この時はフランスの女優、ブリジット・バルドーさんが韓国メディアのインタビューで舌戦を繰り広げて「野蛮人」とまで口にしたため、韓国で強い反発が出た。

 さらに国際サッカー連盟(FIFA)も「韓国での犬や猫に対する虐待の風習について多くの人々から抗議の手紙を受け取った」と表明し、韓国に圧力をかけた。当時の新聞によると、FIFAと日韓両国の組織委員会の会議では韓国の犬肉食と日本の捕鯨が議題予定に挙げられることもあったという。

 ただ、この時の韓国ではソウル五輪の時と違う動きが出た。真っ向から反論する動きが目立ったのである。開発途上国からのテイクオフを目指し、欧米からの批判に低姿勢で応じた1980年代の韓国は、犬肉料理を隠す方向に走った。だが21世紀の韓国は既に経済成長で自信を付けていたことが大きかったのだろう。

 韓国国会では1999年と2001年の2回にわたって、犬肉処理の衛生基準を再び畜産物加工処理法に盛り込もうとする法改正案が議員立法で提案された。成立には至らなかったものの、推進派議員は、自らの好みに合わないからと外国の食文化を一方的に否定するのは「文化相対主義に対する無理解」に過ぎないと反論する公開書簡をバルドーさんに送った。韓国紙・中央日報は2001年に「補身湯文化を正しく知らせよう」という社説を掲げ、犬肉食という韓国の文化に関する「正しい情報」を国際社会に積極的に伝えるよう政府に注文を付けた。

金建希・大統領夫人が働きかけ

 中央日報が2006年に実施した世論調査では、犬肉を食べることについて「韓国文化の一部だから賛成」という回答が79.1%に達した。畜産物加工処理法に犬肉の衛生基準を盛り込むことについても、「犬肉の食用を合法化することになるから反対」という意見は2割強にとどまった。

 与党議員が同年公開した韓国政府による「食用犬政策関連の設問調査結果」によると、回答者の5割超が「犬肉を食べた経験がある」と答えた。調査結果から推定される年間の犬肉消費量は、約165万~200万匹だった。

米国議会で尹錫悦大統領の演説を聞く妻の金建希氏=2023年4月27日 Bloomberg
米国議会で尹錫悦大統領の演説を聞く妻の金建希氏=2023年4月27日 Bloomberg

 しかし、韓国社会の雰囲気はその後の20年弱で激変した。豊かになってペットを飼う人が増えたのだ。単に「うちのイヌ」程度だった呼び方も「愛玩動物」という言葉が使われるようになり、近年は「伴侶動物」へと変わった。KB金融グループ経営研究所のリポートによると、2022年には総世帯数の4分の1に当たる約552万世帯がペットを飼っており、そのうち7割が犬を飼っていた。

 こうなると犬肉食への風当たりも強くなる。韓国ギャラップ社が2015年に実施した世論調査では、犬肉を食べることに肯定的な人が37%いたが、2022年調査では17%に落ち込んだ。逆に否定的な人は、44%から64%へと増えた。「過去1年間に犬肉を食べた」という人も、2015年には27%いたものの、2022年には8%。KBSによると、年間消費量も年間40万匹弱に落ち込んだ。

 政界でも禁止論が強くなり、2021年には文在寅(ムン・ジェイン)大統領(当時)が「犬の食用禁止を慎重に検討する時が来たのではないか」と踏み込んだ。この時は実現しなかったが、現政権になって尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の妻、金建希(キム・ゴンヒ)氏が食用禁止に前向きな発信を展開。勢いづいた動物愛護団体の強い働きかけもあって、与野党が法律による禁止で足並みをそろえることとなった。

 筆者の友人であるソウル在住の50代女性にメッセンジャーアプリで感想を聞くと、「伴侶犬を家族としてる人が韓国にどれだけ多いか。犬を食べるなんて、ごく一部の人がしてたことでしょ」という返事とともに、愛犬だというダルメシアンの写真が送られてきた。愛犬家からのこうした反応は不思議ではないが、一般の人はどうか。最大野党・共に民主党関係者は「自分の生活とは関係ないと考える人が多いようだ。反発は思ったより少ない」と話す。激しかった長年の攻防も時代の流れの中で静かに幕を閉じた、というところだろうか。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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