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「反対政党は大嫌い…」韓国の政治・社会はなぜここまで「分極化」するのか 澤田克己
2024年4月の総選挙へ向けて与野党の動きが活発化する韓国で、改めて注目されそうなのが社会の分極化だ。経済的な格差拡大やジェンダーの対立、世代間の不平等などさまざまな要因があるとされる。韓国社会の分極化について調査データなどで考えてみたい。
世界でも米国と韓国が飛び抜けて強い対立
韓国社会の分極化は、国際的に見ても深刻だと認識されている。先進17カ国・地域を対象にした2021年の米ピューリサーチセンターの世論調査では、「異なる政党を支持する人々の間に強い対立がある」と回答した人が米国と韓国で90%に達した。
これに続くのは台湾69%、フランス65%、イタリア64%なので、米韓は飛び抜けて高い数字だ。ちなみに日本は39%で、オーストラリアやオランダ、ニュージーランドなどと同水準だった。
韓国ギャラップ社の世論調査では、保守派与党・国民の力と進歩派の最大野党・共に民主党の支持率は現在、どちらも3割強で拮抗している。短期的な変動は常にあるものの、保守派と進歩派が3割ずつ、残りは中道と語られることが多い。
保守派と進歩派どちらも、自分たちだけでは多数派になれない。尹錫悦政権が発足した直後に会った与党重鎮は「何をやっても進歩派はこちらになびいてこない。どんなことがあっても保守派は支持してくれる。大事なのは中道派をどう取り込むかだ」と語っていた。
その通りなのだが、近年の韓国政治の現実は逆である。反対勢力に対する攻撃ばかり目に付くのは、進歩派の文在寅前政権と保守派の尹錫悦政権に共通する問題点だ。こうした傾向は年を追うごとに強まっている。尹大統領は植民地支配からの解放を祝う2023年8月15日の演説で、進歩派のことを反社会的な「共産全体主義勢力」だと事実上決め付けた。
大統領支持率に支持政党間で大きなギャップ
こうした分極化は盧武鉉政権(2003~08年)の頃から深刻化したようだ。韓国紙・朝鮮日報によると、韓国ギャラップ社の世論調査で与党支持者と野党支持者の間での大統領支持率のギャップが年々ひどくなっている。このギャップがはね上がったのが盧武鉉政権だ。その後は朴槿恵政権(2013~17年)で一段ひどくなり、文在寅政権(2017~22年)で極度に悪化したという。
これは毎週発表される与党支持者の大統領支持率と野党支持者のそれを比較し、そのギャップに着目したものだ。最悪だったのは、文在寅政権だった2020年3月6日だった。進歩派与党支持者の大統領支持は89%だったのに、保守野党支持者では4%に過ぎなかった。その差は、実に85ポイントである。
日本でも自民党支持者の方が岸田文雄政権への支持率は高いのだが、同僚のベテラン政治記者に話すと「85ポイントというのは、日本では考えられない」という感想が返ってきた。
数字を紹介すると、金泳三政権(1993~98年)は39ポイント、金大中政権(1998~03年)は48ポイントだったが、盧武鉉政権は62ポイントになった。これが朴槿恵政権で75ポイントとなり、前述のように文在寅政権で85ポイントに達したのだ。
政策よりも情緒的な要素が大きい
分極化の原因はどこにあるのだろうか。韓国・西江大の河尚応教授(政治心理)は「個々の政策や懸案に対する態度といった理念よりも、反対側の政治勢力を嫌う情緒的な要素の方が大きい」と話す。北朝鮮に対する態度や所得の再分配政策への賛否についての経年変化を分析すると、理念による分極化よりも支持政党によってまとまる「党派的仕分け」に近いことが分かった。さらに対立党派とその支持者を嫌う「感情的分極化」も進んでいるという。
原因として挙げられるのはメディア環境の変化だ。韓国ではネットを使った政治的発信が多くなっており、「一人メディア」と呼ばれる極端な主張を流すインフルエンサーが増えている。河教授は「新聞や放送は両方の主張を紹介してきたが、今は、支持する政党を代弁する声しか聞こえてこない。だから、対立する相手を理解することなく嫌いになっていく」と語る。
ネットメディアの影響力は、朴槿恵氏が当選した2012年大統領選の頃から指摘され始めた。前述した与野党支持者の間での大統領支持のギャップが朴槿恵政権から一段と大きくなり、文在寅政権でさらに開いたことはメディア環境の変化で説明できそうだ。ただギャップ拡大は、ネットがそこまで普及していなかった盧武鉉政権からのことだ。
これについては、2004年に起きた大統領弾劾の動きの影響が考えられるという。最終的には憲法裁判所に棄却されたものの、当時の保守野党ハンナラ党が主導して国会で弾劾訴追案を可決に持ち込んだ。河教授は「盧武鉉支持者に与えた衝撃は大きかった。自らと違う党派を排除すべき相手だとみなした最初のケースだ」と指摘する。
ただ有権者レベルでの分極化に関する研究に使えるデータはまだ十分でなく、今後も研究を積み重ねる必要があるそうだ。そうした知見が現実の政治に反映され、社会の分断が解消に向かう日が早く来てほしいとは思うものの、それほど簡単ではなさそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。