国際・政治 南北関係
北朝鮮とは「統一」より「平和共存」でよいと思い始めた――韓国の世論調査 澤田克己
韓国人の外交安保に関する意識を探る世論調査で日韓同盟への支持が意外に高かったことは、前回のコラムで紹介した。今回は、北朝鮮や南北統一に関する調査結果について見てみたい。特に、韓国の国是とされてきた統一については、誰も反対できない命題であるが故に「本音」を見るのは難しい。調査を実施した韓国統一研究院もそうした問題意識を持って、なんとか「本音」に迫ろうと努力しているようだ。
「統一は国是」と教えられてきた
そもそも韓国政府系シンクタンクによる「統一意識調査」という世論調査である。200以上の項目を聞く対面調査だが、2014年の開始以来、最初の質問は「南北統一がどれくらい必要だと考えますか」となっている。選択肢は「全く必要ない」から「とても必要だ」までの4段階。23年調査で統一が必要だと答えた人は、計53.9%だった。
米朝首脳会談や南北首脳会談が開かれた18年には70.7%だったが、その後は低下傾向が続いている。北朝鮮の核実験やミサイル発射が続き、トランプ米政権が武力攻撃も辞さない強硬姿勢を取った17年にも5割台に落ち込んでいたから、朝鮮半島情勢の厳しさに連動している。
ただし、この数字を「本音」だと考えると間違えそうだ。研究チームは、この質問への回答について「社会的望ましさのバイアス(Social-desirability bias)の影響が大きいと疑われる」と評価している。実際にどう考えているかより、こう答えるべきだと思われる回答をしてしまうバイアスである。
統一は、韓国の憲法にうたわれる国是であり、その必要性と正当性は公教育を通じて繰り返し教えられる。研究チームは、そうした状況の中での数字の推移について「統一の必要性を否定する」ことへのためらいが減っていることの反映だと見ている。
それを示すのが、「全く必要ない」と強く否定する回答の推移だという。14年には4.5%に過ぎなかったが、今年は13.3%。統一を「必要」とする意見とは違い、情勢変化に大きな影響を受けることなく徐々に増えてきているのである。
「本音」は何かを探る取り組み
「社会的望ましさのバイアス」を排除しようと16年に追加されたのが、「南北が戦争せず、平和に共存できるのであれば統一は必要ない」という文章に同意するかどうかという質問だ。強く同意から強く反対まで5段階で答えさせ、程度によらず同意する人を「平和共存志向」、反対する人を「統一志向」とした。
16年には「共存」が43.1%、「統一」が37.3%で、意見が割れていた。だが、その後の推移をグラフ化すると、上下に向かう二本の線がきれいに描かれることとなった。今年は「共存」59.5%、「統一」22.5%だった。
北朝鮮情勢の変化とは関係なく「共存」が増え、「統一」が減る傾向になっている。研究チームは、「社会的望ましさのバイアス」のかからない韓国世論の基調を示していると評価した。
「本音」を探ろうという取り組みの中では、「民族」にも焦点が当てられた。17年には「同一民族なのだからと必ず一つの国家になる必要はない」という文章に同意するかどうかという質問が加えられた。この考えに同意する人は「脱民族主義」、反対する人は「民族主義」的な統一観を持っているとされた。
当初は両者がきっ抗していたが、2回目の米朝首脳会談が決裂した19年からは「脱民族主義」の優位が鮮明になる。23年には「脱民族主義」50.6%、「民族主義」23.9%とダブルスコアにまで差が広がった。
「同じ民族」は響かなくなった
統一に対する意識変化が表面化した契機は、皮肉なことに2000年代の南北対話の進展だった。90年代までの韓国では、冷戦時代のなごりで北朝鮮に関する情報が統制されていた。98年に発足した金大中政権が情報統制を大幅に緩めたのだが、当時の北朝鮮は多くの餓死者を出す経済危機の真っただ中にあった。
反共教育で「鬼」のような存在だと教えられてきた北朝鮮の実情を目のあたりにした韓国の人々は、豊かになった自分たちの暮らしとの落差に驚き、「統一」に伴う社会的負担を心配するようになった。
分断から半世紀以上を経て、南北の異質性に目を向ける人も増えた。分断される前を知る世代には統一を望む声が強かったものの、そうした世代は減る一方だ。統一を負担に思う人の増加は、他の世論調査でも共通している。
それでも2010年代半ばまでは「平和共存志向」と「統一志向」で割れていたものの、近年はもう「同じ民族だから」という意識も揺れているようだ。そうした事情は、北朝鮮との融和路線を取った文在寅(ムン・ジェイン)前政権ですら「統一」ではなく「平和共存」を政策目標として掲げたことに通じる。現在の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は対北強硬へと大きく路線転換したが、統一至上主義でないのは同じである。
北朝鮮はかつて「同じ民族」だと強調して韓国世論を揺さぶった。03年に開設された対外宣伝用サイトの名称が「わが民族同士」だったことは象徴的だ。だが以前紹介したように、金正恩政権は韓国を「別の国」とみなす姿勢を見せ始めている。理由は違うのかもしれないが、その方向性は韓国の世論動向と軌を一にしていると言えそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。