国際・政治 日韓関係
日韓に依然ある深い溝 日本の「不安」と韓国の「不満」 澤田克己
日本の外務省高官が「年末に岸田首相が今年もっとも多く会談した外国首脳は誰かと数えたら、間違いなく尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領になるはずだ」と驚きを込めて話していた。韓国が3月に徴用工問題の解決策を発表して以降の急速な関係改善は、それまでが悪すぎたこともあって戸惑うほどだ。
ただあまりに急激な変化であるだけに、相手の思いにまで目を向けるのが難しくなっている側面もあるのではないか。それを象徴するような言葉を先日、ソウルで開かれた民間対話「日韓フォーラム」で聞いた。あるセッションで司会者が「日本側には期待と不安があり、韓国側には期待と不満があるようだ」とまとめたのである。
尹錫悦大統領のリーダーシップ
30年ほど前から続く政治家や研究者、ジャーナリストらによる対話だ。現在の国際情勢を考えれば協力強化以外の選択肢がないことや、尹大統領のリーダーシップが大きな転換点を作ったことに異論は出なかった。
日本側からは、東京電力福島第1原発から出る処理水の海洋放出に対する韓国政府の姿勢への謝意も語られた。韓国が中国と一緒に反対に回っていたら、日本にとって大きな負担になっていたからだ。
にもかかわらず語られたのが「不安」と「不満」だった。日本側の不安は「次の大統領になっても続くのか」であり、韓国側の不満は「日本が相応の誠意ある呼応をしてくれない」というものだ。毎年のように参加し、個人的な親交を持つ人も多い場でもこうした認識ギャップが出てくることは軽視しない方がいいだろう。
日本はきちんと対応してくれない
それでも対話の基調は「不安」や「不満」より、「期待」に焦点を当てようとする明るいものだった。だが、終了後に尹政権の要人と会ってみると、やはり「不満」の強さを感じざるを得なかった。日米韓連携を進め、日韓関係を重視して努力しているのに、日本がきちんと応じてくれないと強い語調で語っていたからだ。
韓国世論を刺激しやすい歴史認識問題と関連しても、日本側の否定的な態度に依然として悩まされているのだという。8月の日米韓首脳会談を受けて、韓国外務省は世界各地の大使館や領事館に現地で日米との意思疎通を強化するよう指示を出した。だが、これも日本の反応が悪くて空回りというか、肩すかしをくらったような感じなのだとぼやくのだった。
後者については肩に力が入りすぎという気がしないでもないのだが、とにかく尹政権の意気込みは伝わってくる。それだけに日韓フォーラムで聞いた「不満」が思い出された。
なぜ釜山万博を支持してくれないのか
現場のレベルでも似たようなものである。韓国側が口をそろえて不満を語るのが2030年の万博誘致問題だ。韓国・釜山とサウジアラビアが有力候補で、今年11月に開催地が決まる。尹政権にとっては重大な関心事で日本に支持してほしいと頼んでいるのだが、日本は応じない。
万博開催で韓国を支持すると岸田文雄首相が言えば、それだけで韓国側は大喜びするのにやろうとしない。韓国政府関係者は「サウジの反応を気にして、経産省がストップをかけているようだ」と指摘する。
この関係者は「政権の方針があるから、われわれは日本とうまくやっていると取り繕わないといけない。でも、日本政府の反応が悪いのは万博に限らない」とこぼしていた。ソウルの同僚によると、韓国外務省の幹部からも「日本政府は韓国との関係はもう大丈夫と安心しきっているのではないか」という苦言を聞くという。
元東京特派員である韓国紙「朝鮮日報」の朴正薫(パク・ジョンフン)論説室長は9月2日のコラムで、大阪・関西万博誘致の際に当時の李明博大統領が支持を公言したのに、釜山への万博誘致の支持要請に日本が応じないのであれば「真心が疑われる」と批判した。
朴氏は「日本は学ぶべきところの多い大国だが、国力に似合った『大国外交』をする国ではない。価値・原則・大義よりも目の前の損益を計算する『そろばん外交』を駆使する」と書いた。さて、これにどう答えるのが適切なのだろうか。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。