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韓国の保守派と進歩派 どちらがより「社会を分断」させているのか 澤田克己
これからソウル大大学院に留学するという女子学生から先日、「複雑な気分です」と言われた。社会問題に対する姿勢では韓国の進歩派に共感する部分が多いものの、日本との関係改善については保守派である尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権を好ましいと考えざるをえない。だから「韓国に関心を持つ日本人女性として複雑な気持ちになる」のだという。
日本の敗戦によって植民地支配から解放された記念日である8月15日の「光復節」式典での尹大統領の演説を聞いて、その言葉を思い出した。対日姿勢に文句を付けるべき点は見当たらないのだが、国内の野党勢力への向き合い方があまりにも乱暴なのだ。分断を深めることは韓国社会にとって望ましくないだけでなく、対日政策への国民の理解を深める助けにもならない。それだけに気になるのである。
光復節の演説で話す内容
誤解されがちだが、光復節演説のメインテーマが常に日本がらみだということはない。日本で関心を持たれるのは対日政策だから、日本では常にそれがニュースになるだけだ。
植民地支配から解放された日であると同時に、南北分断の起点でもあるから統一問題は日本以上に大きなテーマとなるし、近年は韓国の国力向上をアピールする内容も多い。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は任期最後となった2021年の光復節演説で、韓国が堂々たる先進国になったのだと誇ることに重点を置いた。8000字近い演説で、日本について触れたのは300字強だった。
尹氏による今年の演説で強調されたのは、独立運動が目指したのは自由民主主義体制の韓国であり、共産全体主義勢力との戦いは現在も続いているという歴史観だ。4000字に満たない演説で3分の1ほどを割いており、日本への言及はその半分以下だった。
単純な「二分法」には無理がある
尹氏は、独立運動について「自由と人権、法の支配が尊重される自由民主主義国家を作るための建国運動だった」と規定し、「自由と人権が無視される共産全体主義国家になろうというものではなかった」と強調した。
さらに朝鮮戦争の休戦協定締結から70年になることを指摘し、朝鮮戦争後の韓国が米韓同盟を基盤として「世界が驚く成長と繁栄を成し遂げた」と誇った。そして、この間に「全体主義体制と抑圧による統治を続けてきた北朝鮮は最悪の貧困と窮乏から抜け出せずにいる」と語った。
冷戦下の国際情勢を考えれば、韓国が自由民主主義を選択し、北朝鮮が全体主義的な共産主義体制を選択したという単純な二分法には無理がある。ただ結果として、驚異的な経済成長を遂げた韓国と孤立を深めるばかりの北朝鮮という現状になっているという認識は妥当だろう。
野党攻撃が過ぎた尹政権
問題は、尹氏の言及が単純な歴史観にとどまらないことだ。
尹氏は「共産全体主義に盲従し、でっち上げと扇動で世論を誤らせ、社会を混乱させる反国家勢力がいまだに大手を振って活動している」と主張し、「自由社会が保証する法的権利を十分に活用し、自由社会を混乱させ、攻撃してきた。それが全体主義勢力の生存方式だ」という見解を示した。
演説はさらに「共産全体主義勢力は、常に民主主義運動家、人権運動家、進歩主義行動家になりすまし、虚偽の扇動と、下品かつ倫理にもとる工作ばかりしてきた。我々は決して、こうした共産全体主義勢力、それへの盲従勢力、追従勢力にだまされたり、屈服したりしてはならない」と追い打ちをかけた。
ここまでくると野党に対する直接的な攻撃に近い。進歩派野党勢力の中軸にいるのは、軍事政権下で民主化運動を戦ってきた人々だ。まさに「民主主義運動家、人権運動家、進歩主義行動家」なのである。しかも尹氏の言及は、現在進行形でこうした勢力を非難している。
進歩派のハンギョレ新聞は社説で「自らと政府・与党がすることは全て正しく、自由と民主主義を守護するためのものだ。だから、それを批判する野党勢力と市民社会は『共産全体主義』『反国家勢力』でしかない。尹錫悦政権に批判的ならすなわち自由・民主主義の敵だという典型的な善悪二分法」だと反発した。ちなみに、演説を批判したこの日の社説に「日本」という言葉は一回も出てこない。
「日本は何もしてくれないではないか」
大統領選では与野党の候補が激しく相手を攻撃するが、当選が決まれば「国民統合」を呼びかけ、相手候補に投票した有権者を含む「全ての国民」のために奉仕すると誓うのがお約束である。
尹氏も昨年3月の大統領選での勝利宣言では「競争は終わった。国民のために一つにならなければならない」と野党に呼びかけ、国会で過半数を握る野党と協力して国政運営をしていくと語っていた。だが実際には「何をやったって進歩派の有権者はこっちに来ない」(尹政権の閣僚)という認識が強く、野党との対決姿勢が目立ってきた。今回の演説は、それが極端な表現で出たものだ。
ただし公正を期すならば、進歩派の文政権も同様の姿勢には目に余るものがあった。
尹政権与党の関係者は「文政権だって同じことをしていたではないか」と反論する。ハンギョレの社説が批判した「自分たちのすることは全て正しく、それを批判するのは反国家勢力だ」という姿勢は、文政権も変わらなかったのである。文政権は、李明博、朴槿恵という前任の保守政権に関係するものを「積弊」と決め付け、「清算」という責任追及を繰り返したことで社会の分断を深めた。
とはいえ、政権交代のたびに報復の連鎖を繰り返していては社会の分断を深めるばかりである。現政権の場合、対日政策への悪影響も懸念される。日米韓連携を重視し、日韓関係を立て直そうとする尹政権の姿勢に対する反発は根強い。特に、韓国では岸田政権が誠意を持って対応してくれていないという不満が強い。
対処が難しい歴史問題だけではない。韓国政府当局者は、韓国がサウジアラビアと誘致競争を展開している2030年万国博覧会を例に挙げる。「日本に支持してほしいと頼んでいるのに、全く反応してくれない。この程度のことすら応じてくれないとは」と憤る。
これでは「日本に譲ってばかりで、日本は何もしてくれていないではないか」という野党からの攻撃に反論できないというのだ。大統領自ら対立をあおる状況は、野党からのこうした攻撃に力を与えかねないだろう。
日本では、自分たちと交流のある勢力から聞いた話だけに基づいて韓国情勢を語る人がいるが、それでは実像からかけ離れた認識になってしまう。気をつけるべきポイントだろう。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。