国際・政治

釜山入港の海自護衛艦「旭日旗」に韓国メディアはなぜ静観? 澤田克己

韓国・釜山港(2022年9月22日撮影) Bloomberg
韓国・釜山港(2022年9月22日撮影) Bloomberg

 海上自衛隊の護衛艦が「旭日旗」を掲揚したまま、5月に韓国・釜山港に入った。近年の韓国では旭日旗への反発が強いのだが、なぜか韓国メディアの扱いは拍子抜けするほど落ち着いていた。旧知の国際政治学者にそれを話すと、「そうなの? てっきり大騒ぎしてるんだと思った」という反応が返ってきた。どうしてなのか、色々な人に聞いてみた。

主要紙は1面掲載や社説批判なし

 護衛艦「はまぎり」が自衛艦旗である旭日旗をはためかせて釜山港に入ったのは5月29日だ。韓国の野党「共に民主党」は「国民の自尊心を踏みにじった」などと反発し、国際的な慣例だと問題視しない尹錫悦政権を攻撃した。ただ主要紙を見ると、1面に掲載したり、社説で入港を批判したりした新聞は皆無だった。

 むしろ中道系とされるソウル新聞の野党批判が目に付いたほどだ。ソウル新聞は社説で「多国籍連合訓練や観艦式で各国の艦艇が軍や機関を象徴する旗を掲げるのが国際慣例だと知らないはずのない民主党による習慣的な『旭日旗攻勢』には、もう飽き飽きした」とまで書いた。尹政権支持を打ち出す保守系の新聞ならともかく、それ以外の新聞がここまで書くのはかなり珍しい。

旭日旗を掲げた自衛隊の艦艇=海上自衛隊提供(2023年5月26日撮影)
旭日旗を掲げた自衛隊の艦艇=海上自衛隊提供(2023年5月26日撮影)

 KBSテレビの夜ニュースでは、北朝鮮による「人工衛星の打ち上げ予告」がトップニュースで、旭日旗は2番目だった。扱いとしては主要ニュースだ。ただ批判の色合いは薄く、「自衛艦に掲揚させない国際法上の根拠は事実上ないものの、韓日関係では歴史とからんで敏感な問題となってきた」と指摘するにとどまった。その上で2010年と12年には問題視されることなく韓国沿岸での訓練に参加したものの、18年には観艦式に招待した韓国政府が旭日旗を掲揚しないよう求めたことに日本が反発し、参加を取りやめたという事実を淡々と伝えた。

 公営放送で政権によって上層部が入れ替わるKBSではあるが、理事長らはまだ進歩派・文在寅政権下で任命された陣容で、尹政権から敵視されている。そもそも現場の職員は「4000人のうち3000人が進歩派系の労組員、保守派の第2労組は1000人もいない」(KBS関係者)。しかも日本批判は政権との距離感など関係なくしやすいはずだ。それなのに記者のコメントは「国民感情と国際慣行が絡み合った問題であり、よい解決策を見つけるのは簡単ではない」というものだった。

尹政権の「韓日関係が重要」に沿った反応

 韓国で旭日旗が「軍国主義の象徴」だと問題視されるようになったのは2010年代以降のことだ。木村幹神戸大教授によると、旭日旗を問題視するようになり、さらに追放キャンペーンまで出てきたのは2010年代以降だ。その流れを決定づけたのは、日本の応援団が旭日旗を振ったことで韓国側ともめた13年のサッカー・東アジアカップの日韓戦だった(木村幹「歴史認識はどう語られてきたか」)。

 それを考えれば、KBSが指摘した2010年と12年に問題視されなかったのは当然である。それ以前の金大中、盧武鉉両政権下での入港が問題とならなかったのも、また然りだ。

 だが、この10年間は日韓関係悪化を背景に、韓国社会での旭日旗への反発は強まる一方だった。紅ズワイガニをモチーフにしたハンバーガーチェーンの包み紙が「旭日旗を連想させる」と非難されるなどという、冗談としか思えないことが現実に起きてきた。そうした中で文政権が2018年に、国際観艦式に招待しながら「旭日旗は掲げないでほしい」と注文を付けたのである。

 対日外交の転換にかける意気込みを考えれば、尹政権が旭日旗への対応を180度変えたのは不思議ではない。だが、徴用工問題の解決策は世論や進歩派メディアの批判を浴びている。それを考えれば、旭日旗は扱いの難しい問題のはずだった。

G7広島サミットに合わせて首脳会談を行った韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相(2023年5月21日撮影) Bloomberg
G7広島サミットに合わせて首脳会談を行った韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相(2023年5月21日撮影) Bloomberg

 だから護衛艦の釜山入港を注目したのだが、韓国メディアの反応は前述の通り、おとなしいものだった。在京韓国大使館での勤務経験を持ち、今も対日外交に関わる韓国の外交官に聞いてみると、彼も「世論の反応が昔と違うので驚いた」のだという。彼が理由として挙げたのは、安全保障環境の変化だった。南北融和ムードのあった18年とは違い、北朝鮮の挑発がエスカレートする中では「韓米日連携が重要だ」という考えが受け入れられやすいのではないかという。

 やはり対日外交に関わる別の外交官も、韓国メディアの報道ぶりを意外だったと語る。「今までに何回も入港しているとか、旭日旗を問題にするのは韓国だけだという記事が多く出た。今までなら考えられなかった」からだ。背景については「文政権の反日が行き過ぎだったという意識もあるのではないか」と話した。

北朝鮮や福島原発の方が大きな問題

 新聞が1面に出すかどうかは他のニュースとの兼ね合いも大きな要素だ。この日は北朝鮮による「人工衛星打ち上げ予告」など大きなニュースがあったから、押し出されることもありうる。ハンギョレ新聞の記者に「なぜ1面に出なかったのだろうか」と聞くと、「最近は国内で大きなニュースが多いからではないか。いま日本関係のニュースといえば福島(東京電力福島第1原発からの処理水放出)だし…」という答えが返ってきた。実際にそういう側面はあるのだろうが、裏返して言えば、その程度の関心度だということでもある。

 日韓関係に詳しいソウル大の南基正(ナム・キジョン)教授は「これまでに比べればニュースとしての重みが軽くなったように見える。『受け入れるべきだ』と主張する新聞のコラムも多くなった。ただ韓国社会での旭日旗に対する反感は依然として強く、これからも問題になる素地は残っている」と語る。

 今回の護衛艦入港に際しての旭日旗への関心度が低かったのは確かなようだが、理由には釈然としない部分が残る。南教授の指摘するように、これからも問題とされる場面が出てくる可能性はあるのだろう。ただ今回は静かだったというのは、記録しておいてもいいように思う。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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