国際・政治 日韓関係
韓国各紙の「首脳会談」社説から探る“韓国の本音” 澤田克己
岸田文雄首相は5月7日の日韓首脳会談で、朝鮮出身の元徴用工を念頭に置いたとみられる表現で「心が痛む」という心情を語った。韓国内の措置で徴用工問題を決着させる決断を下した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、野党などから「屈辱外交」と批判されていることを意識したものだ。
韓国の新聞社説では、尹政権に好意的な保守系主要紙を含めて岸田発言を「不十分だ」とする不満が目立った。濃淡の差はあれ、「一定の前進とは言えるが、期待した水準には遠い」という論評で、野党寄りの進歩派各紙は特に点数が辛いという感じだ。
ただ会談結果にまで視点を広げると、広島の平和記念公園にある韓国人被爆者の慰霊碑を両首脳が一緒に参拝することには好意的な反応が見られた。また韓国では、日本で考えられている以上に東京電力福島第1原発事故で生じた処理水の海洋放出に対する関心が強い。この問題で韓国の専門家視察団を受け入れることについては、肯定的な評価とともに日本側のシナリオに乗せられるだけにならないかという懸念が語られた。各紙の社説を並べて読むと、今回の会談に対する韓国社会の受け止め方の幅を知ることができるだろう。
日本は「誠意ある呼応」をしていない…
岸田首相は会談で、当時の小渕恵三首相と金大中大統領が発表した1998年の日韓共同宣言を例示したうえで、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいると表明した。共同宣言には植民地支配への「痛切な反省と心からのおわび」が明記されているが、そうした言葉は使わなかった。
3月の首脳会談でも同様の立場を示していたが、韓国世論には強い不満が残っていた。尹大統領がリスクを取ったのに、それに対する「誠意ある呼応」とは言えないという反発だ。尹大統領自身は気にしていないようだが、野党にとっては政権批判の格好の材料となった。
それを受けて岸田首相は今回、「多くの方々が過去のつらい記憶を忘れずとも未来のために心を開いてくださったことに胸を打たれた」と前置きし、個人的な心情としながらも「当時厳しい環境の下で多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と語った。
韓国大統領府高官の話として聯合ニュースが配信した記事によると、この発言は韓国側と事前に詰めたものではなく、会談では岸田首相から持ち出したという。尹大統領は「韓国側から話を持ち出したり、要求したりしたわけでもないのに、真摯な立場を見せてくれて感謝する」と応じたという。
歴史認識問題を対日政策の道具とすることに否定的な尹大統領らしいが、さすがに一般的な見解とは言えないだろう。
保守系紙と進歩系紙の比較
各紙の社説を見てみよう。岸田発言について、保守系の中央日報は「個人的な考えだと線を引いたものの、今までより一歩進んだ立場だと見ることができる」と評価した。さらに「初めのひとさじで腹を満たすことはできない」ということわざを引いたうえで、「双方が少しずつ認識の共通点を広げ、一致する部分を増やしていく。それが、ようやく最初のボタンをかけた関係復元を加速させる現実的な方法となりうる」と主張した。
同じく保守系の東亜日報も「一歩進んだ遺憾表明だ」との見方を示し、「依然として国内の保守派を意識せざるをえない少数派閥出身の首相」という自民党の党内力学に基づく岸田氏の「限界」にも言及した。ただ、広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせた日米韓首脳会談や原爆慰霊碑参拝といった機会を使って「より前向きな認識表明がされることを期待する」と注文を付けた。
保守系紙の中で厳しかったのが、普段なら尹政権支持のスタンスを取る朝鮮日報だ。岸田首相の発言について「『謝罪とおわび』に言及する代わりとして、強くない表現で遺憾を表明したものであり、韓国社会が望んだものとはならなかった」とストレートに不満を表明した。
そして、進歩派はやはり厳しい。京郷新聞は「岸田首相が歴史問題と関連し、(3月の)東京での会談の時にしなかった新たな言葉を追加したというのは、その通りだ。しかし、反省や謝罪の表現だと見るのは難しい。(中略)『苦しい、悲しい思い』をした原因が日本帝国主義の植民地支配にあったという事実も明らかにしなかった」と指摘した。
ハンギョレ新聞は「先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という安倍晋三政権による戦後70年談話も「歴代内閣の立場」に含まれると規定し、「これを謝罪と見ることはできないという意見が支配的だ」と主張した。
岸田首相が98年の日韓共同宣言だけ例示したことを無視し、韓国で嫌韓派と認識される安倍氏の談話だけを持ち出すのはフェアな論評とは思えない。ただ一方で同紙は、岸田首相の「心が痛む」発言については「最低限の『誠意の表明』と評価できる」という見方を示した。
韓国人被爆者の慰霊碑参拝は評価
韓国人被爆者の慰霊碑を一緒に参拝するというのは、日本側から提案したものだという。これは進歩派にも好意的に受け止められた。
京郷新聞は「今回の会談で、それでも肯定的に評価する点」として、慰霊碑参拝を挙げた。保守派の中央日報も「なによりG7サミットの期間中に、尹大統領と岸田首相が一緒に広島の被爆者慰霊碑を参拝することにし、歴史問題を癒やそうと試みることはシャトル外交再開の成果だ」と歓迎した。
福島への視察団派遣については、中道の韓国日報が「一歩前進といえる成果だ」と評価しつつ、「韓国側の現地訪問が実効性ある検証の水準にまでならなければ、日本による汚染水(韓国では「処理水」をこう表現している)放流に大義名分を与えるだけだという一部の憂慮についても、両国はきちんと認識する必要がある」とくぎを刺した。
ハンギョレ新聞も「独自に検証する機会が設けられたという面では肯定的だ。だが、放流するかどうかについて実質的に介入できる水準ではないため、日本政府の名分作りに利用されるだけになりかねないという指摘にも留意しなければならない」と慎重な姿勢を見せた。
「反日左派」「嫌韓右派」に振り回されずに
シャトル外交の復活や関係改善の必要性に対する否定的な見方はない。歴史認識問題での日本側の煮え切らない態度に不満を表明していることでも、各紙は共通している。
「よくここまで書いたな」と印象に残ったのは、朝鮮日報だった。「尹大統領が国内政治上の負担を抱えながらリードした韓日関係改善の努力に、岸田首相がもっと積極的に対応する勇気と誠意を見せねばならない」と締めくくるのだが、その前段に「尹大統領と岸田首相は、韓国の反日左派と日本の嫌韓右派に振り回されることなく、未来に向けて進まなければならない」と主張したのだ。
極端な主張をする人は両国におり、数は少なくとも声が大きい。だが、そんな人たちに政治指導者が振り回されてはいけない。これは、まさにその通りである。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数