国際・政治

韓国の核武装論に見る「軽さ」と「見捨てられ懸念」 澤田克己

ホワイトハウスで握手を交わす韓国の尹錫悦大統領(左)とバイデン米大統領(2023年4月26日) Bloomberg
ホワイトハウスで握手を交わす韓国の尹錫悦大統領(左)とバイデン米大統領(2023年4月26日) Bloomberg

 バイデン米大統領と尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領が4月の会談で発表した「ワシントン宣言」には、尹政権の支持基盤である韓国保守派の一部から強い不満が出ている。米国による「拡大抑止」の強化と同時に、韓国独自の核兵器開発をしないという約束が盛り込まれたからだ。韓国でくすぶり続けてきた核武装論を反映したものだ。背景には、被爆国である日本では想像できないような「軽さ」と、根強い「見捨てられ懸念」があるようだ。

「朝鮮日報」は社説で批判

 ワシントン宣言の柱は、①米国の核兵器戦略について米韓両国で定期的に協議する「核協議グループ」創設、②核ミサイルを搭載する米国の戦略原潜を韓国に寄港させる、③韓国は核拡散防止条約(NPT)上の義務を順守する――というものだ。

 ①と②が拡大抑止の強化となる。北朝鮮が核攻撃を仕掛けたら圧倒的な力で報復すると見せつけ、攻撃を断念させる効果を狙うものだ。核兵器を含む抑止力を持つ国(米国)が同盟国(韓国)の防衛にもそれを提供することから「拡大」と呼ばれる。

 そして③に出てくるNPTは、条約成立までに核兵器を持ってしまっていた米露中英仏以外の国の核兵器開発を禁じたものだ。韓国がNPTを順守するというのは、独自核開発をしないと改めて約束したことになる。ちなみにインドやイスラエルはNPT非加盟のまま核開発を進め、北朝鮮はNPTからの脱退を表明している(他の加盟国は脱退の効力を認めていない)。

 普段なら尹政権支持の保守系紙「朝鮮日報」はこの時、「韓米核協議グループ創設、『韓国への核の足かせ』は強化された」という社説を掲載した。拡大抑止の強化は評価したものの、力点は独自の核兵器開発の放棄を約束したことへの批判にあった。

 社説は「韓国の核武装は現実的に難しい」と認めつつ、明確に約束したのは行き過ぎだという考えを示した。さらに、米国の専門家の間で韓国の独自核武装はNPT違反ではないという声が相次いでいると主張し、「ワシントン宣言を見ると、米国は北朝鮮の核を無力化することより、韓国の核開発をもっと憂慮しているようだ」と嘆いた。

世論調査では核武装に常に賛成

 韓国の核武装論は、今年に入ってから日米でも報じられていた。よく引用されたのが民間シンクタンクである峨山(アサン)政策研究院が2022年11月に実施した世論調査だ。「独自の核開発」に64.3%が賛成し、反対の33.3%を大幅に上回った。

 背景には「見捨てられ懸念」がある。「北朝鮮による核攻撃時、米国が自らの危険を甘受してまで韓国のために核兵器を使わない」と答えたのは54.2%で、「使うと思う」の43.1%を上回った。ワシントンやニューヨークを攻撃できるICBMを北朝鮮が開発したとすれば、この懸念は現実のものとなりかねない。

ホワイトハウスで開かれた晩餐会で歌う韓国の尹錫悦大統領(右)(2023年4月26日) Bloomberg
ホワイトハウスで開かれた晩餐会で歌う韓国の尹錫悦大統領(右)(2023年4月26日) Bloomberg

 最近になって急に核武装論が増えたかのような記事も散見されたが、実際には違う。韓国ギャラップ社はこれまでに何回か同様の調査をしているが、常に6割前後が核保有に賛成なのである。2013年2月が64%、2016年1月が54%、同年9月が58%、2017年9月が60%だった。

 同社の調査は、北朝鮮が核実験をした際に実施されたものだ。それだけに平常時より高めに出ている可能性はあるが、それを考えても昨年の調査結果が飛び抜けて高い数字だとは言えない。ちなみに北朝鮮の核保有がまだ疑惑段階だった1990年代、米ランド研究所が韓国で実施した「もし北朝鮮が核武装したら韓国も独自核武装すべきか」という2回の世論調査では8割以上が賛成と答えていた。

核武装には複雑な問題がからむ

 韓国で核兵器や安全保障分野に関する意見交換をしてきたという日本の専門家から「韓国の核武装論にはリアリティーを感じられない」という感想を聞いたことがある。独自核武装を主張する韓国の専門家に理由を聞いても、納得できる回答が返ってこないのだという。どうしてだろうかと聞かれたので、「大国だけが持っているすごい兵器という程度の認識が背景にあるように思える」と答えると納得してもらえた。被爆国である日本とは、核兵器に対する認識が全く違うのである。

 首脳会談の2日後にハーバード大で講演した尹大統領が質疑応答で語った内容は、韓国社会の核武装論に対して私が抱いてきた印象に近いものだった。ワシントン宣言について質問された尹大統領は、次のように答えたのだ。

「韓国は核武装しようと決めれば1年もかからずに核兵器を持てる程度の技術基盤を持っている。しかし核というのは単純に技術の問題だけではなく、複雑な政治・経済上の問題がからみあっている。核を保有しようとすれば、手放さなければならない価値観や利害関係がある。(韓国の)世論はそうしたことを考慮せず、『技術的に可能で、北朝鮮があのように脅威を強めているのだから、私たちも』というもののように見える」

 やはり核兵器の特殊性についての認識に「軽さ」があるのだと思える。尹大統領は同時に「(北朝鮮の核兵器による)脅威はいま眼前に迫っている。とても具体的なものだ」と強調した。現実性のない核武装論に固執するより、現実的な拡大抑止の方が重要なのだと言いたかったようだ。

 大国の持つ兵器へのあこがれとも言える「軽さ」と安全保障における現実の脅威――。韓国の国防政策に詳しい伊藤弘太郎キヤノングローバル戦略研究所主任研究員は、この両方が核武装論の背景にあると見る。伊藤氏は今回の首脳会談の結果について、「両方を巧みに利用し、拡大抑止に関して米国から最大限を引き出そうとしたのではないか」と話した。

ベトナム戦争時の記憶

 伊藤氏は、日本とは比べようのないほど韓国では「見捨てられ懸念」が強いとも指摘する。だからこそ拡大抑止の強化は重要だが、最後まで米国を信用し切れないのである。

 対米不信の原点は1905年7月の「桂・タフト協定」だろう。桂太郎首相が、米大統領特使として来日したタフト米陸軍長官と交わした秘密覚書だ。日本が米国のフィリピン統治を認め、米国は日本の朝鮮支配を認めた。日本による朝鮮の植民地支配につながる布石の一つだった。

米連邦議会で演説する韓国の尹錫悦大統領(2023年4月27日) Bloomberg
米連邦議会で演説する韓国の尹錫悦大統領(2023年4月27日) Bloomberg

 この協定については10年ほど前、駐韓米大使の講演会での韓国人記者の質問に驚かされたことがある。「米国は間違った選択をしたことがある。桂・タフト密約がそれであり、(韓国に戦勝国の地位を与えなかった)サンフランシスコ講和条約がそうだ」と詰め寄ったのだ。米国に厳しい進歩派の記者なら聞き流したろうが、外交を専門とする親米保守の敏腕記者として有名な人物だっただけに強く印象に残った。

 朴正熙政権だった冷戦時代にも「見捨てられ懸念」を高めざるをえない場面は多かった。1968年1月には北朝鮮の武装ゲリラ31人が青瓦台(韓国大統領府)近くにまで侵入し、激しい銃撃戦となる青瓦台襲撃未遂事件が起きた。その2日後には、米軍の情報収集艦「プエブロ号」が領海侵犯をしたとして北朝鮮によって乗員もろとも拿捕された。当時の韓国政府高官は21世紀になってから私に対し、「米国はプエブロ号事件にかかりっきりで、青瓦台の事件には関心を見せなかった」と悔しそうに語った。

 1970年初めの米ソ緊張緩和(デタント)の時期には、朴政権の強い反対を押し切って在韓米軍2個師団のうち1個師団を撤収した。この時に韓国が受けた衝撃を考えるためには、ベトナム戦争への韓国軍派兵から説き起こす必要がある。

 韓国国防大の許南省(ホ・ナムソン)名誉教授によると、韓国はベトナム戦争に1964年から派兵し、69年のピーク時には5万人近くを派兵した。73年1月にパリ平和協定締結を受けて撤収したが、72年末には米軍より韓国軍の方が多いという状態にまでなっていた。派兵は、韓国側から申し出たものだった。

 許教授は、在韓米軍のベトナム派遣を防ぐ狙いもあったと話す。最新兵器で固めた米軍1個師団の戦力は当時、韓国軍の5個師団に相当するほどだったという。そのため「在韓米軍がベトナムに行ってしまったら大きな穴が空いてしまう。韓国防衛に対する米国の意思が弱いと見られれば、北朝鮮が判断を誤る恐れもあった」。

米国は結局自分の都合で動く…

 在韓米軍には手を付けないでほしいと考え、その代わりに韓国軍をベトナム戦争に送ったにもかかわらず、米国は一方的に在韓米軍を半減させてしまった。前述の高官は「二つの師団旗がはためいていることが強い抑止力になる。だから、それぞれの師団の人員を半減させてもいいから、2個師団ということにしてほしいと頼んだ。でも、まったく相手にされなかった。米国は結局、自分の都合で動くのだ」と振り返った。

 伊藤氏によれば、朴政権が防衛産業の振興を進めたのも、米国が最新式兵器を供与してくれないことへの不満からだったという。最近は国際的に引き合いの強い韓国製兵器だが、もともとは「見捨てられ懸念」の産物だったということだ。

 安全保障に関する考え方や世論、その背景は日韓で大きく異なる。日米韓、日韓での安保協力が語られることが増えているだけに、押さえておきたいポイントである。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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