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「元徴用工」解決策で際立つ尹大統領のリーダーシップと岸田首相の及び腰 澤田克己
韓国政府が徴用工問題の解決策を正式に発表した。原告である元徴用工の一部や支援団体は強く反発し、韓国世論の反発は強い。それでも尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は「全責任は自分にある」と意気軒高だという。政権内の要人に聞くと「(今回の展開は)尹大統領のキャラクター抜きには考えられない。豪速球を投げる直球勝負の人で、カーブは投げられないから」という言葉が返ってきた。
岸田首相の消極姿勢は意に介さず
韓国メディアの報道によると、韓国外務省は2022年11月に日本側と公式の交渉を始めた時点で、日本政府による明確な謝罪表明と被告企業による資金拠出の2点を最低ラインとして設定した。韓国外務省は「せめて片方は取るべきだ」と交渉継続を主張したが、尹大統領が押し切ったという。
岸田文雄首相は歴代内閣の歴史認識を継承すると表明したが、過去の談話にあった「反省」や「おわび」という言葉を口にしなかった。過去の談話にある言葉を繰り返して失うものはないし、それを避けるにしても説得力のある言葉を自ら紡ぎ出すことはできたはずだ。それだけに岸田首相の姿勢は及び腰という印象を与えた。
それでも前述の要人は「岸田首相が(反省や謝罪という言葉を)口にするかどうかなど、尹大統領は気にしていないようだ」と語った。さらに「尹大統領は4月訪米を調整していて、5月にはG7(主要7カ国)首脳会議が広島である。しかも韓国では来年4月に総選挙があるから、今年後半には動きづらくなる。それならば、ここで徴用工問題を片づけ、日米との首脳外交で堂々と渡り合えおうと考えたのだろう」と続けた。
政権の「反日」「親日」に世論は無関心
検察時代をよく知る韓国メディアの記者は尹氏について「信じられないくらいの楽天家だ。今回の解決策で突っ走ったのも、正しいことをしているのだから最後はなんとかなると信じているのだろう」と話す。
特捜検事というイメージとは裏腹に、尹氏は昔から国際政治や外交に強い関心を持っており、学生時代には国際政治を学ぶために米国への留学を準備した時期もあったという。検事だった時に雑談で北朝鮮の核問題や外交を話題にすることもあり、外交の専門用語を使って記者を驚かせることもあったそうだ。
一方で、今回の解決策発表が政権支持率には大きく影響しないと踏んだ可能性も高そうだ。日本で持たれているイメージとは異なり、韓国では近年、「反日」や「親日」は政権支持率に影響しないからだ。日本に対して厳しい政策を取ろうが、融和的な政策を取ろうが、政権支持率に大きな影響は出ないのである。
むしろ保守派と進歩派という分断の方が深刻で、保守派は何があっても尹政権を支持し、進歩派は非難するという構図が強い。前述の要人は「解決策への賛否を聞けば、反対が多いかもしれない。ただ政権支持率への影響が出るかというと、別の問題だろう」と語った。
この話を聞いたのは発表2日後の8日午後だった。10日に公表された韓国ギャラップの世論調査は、その通りになった。解決策については「賛成」35%、「反対」59%だったが、政権支持率は34%。前週の36%よりは低いが、2ポイントというのは誤差の範囲内だ。今年に入ってからの支持率は32~37%で、おおむね横ばいである。
同社の調査は支持・不支持の理由を複数回答で挙げてもらう。対日外交を挙げた人は、支持理由として7%、不支持の理由として16%だった。こうした反応は、今後の進展によって変化しうる。日韓両政府がどれだけ丁寧にフォローアップしていけるかが、最終的な成否を分けるのだろう。
日本にプレッシャーかける欧米
そうは言っても、実務を担当する韓国外務省は大変だ。発表翌日の夜に電話で話した外務省高官は「われわれとしては最善を尽くした。あとは日本に誠意ある呼応を期待するしかない」と疲れ切った声で話していた。岸田首相の煮え切らない態度に、いらつきを隠せないようだった。
一方で米国は即座に反応した。バイデン大統領は6日に行われた韓国政府の発表直後、現地では深夜だったにもかかわらず「米国の最も緊密な同盟国同士の協力に向けて画期的な新たな章だ」という声明を発表した。ブリンケン国務長官も歓迎声明を出した。
翌日には、尹大統領が4月下旬に国賓として訪米すると発表された。米韓同盟70周年という記念の年ではあるが、バイデン政権が国賓として招く外国首脳はマクロン仏大統領に次いで2人目となる。
さらに8日には在韓米商工会議所が、元徴用工への賠償を肩代わりする韓国政府系財団への資金拠出を表明した。発表した商議所会長は「日米韓のパートナーシップは地域の平和と繁栄の鍵だ」と指摘し、会員の米企業にも拠出を呼びかけた。米韓両国政府と事前に調整が行われていた模様だ。
韓国政府の発表した解決策では、国交正常化後に日本から受けた経済協力資金の恩恵を受けた韓国企業16社に寄付してもらうことが想定されていた。日本企業にも資金拠出を求めるべきだという意見は強かったが、米企業からの寄付は想定外のものだ。米商議所の動きには、日本にプレッシャーをかけようとする米政府の意向が働いている可能性がある。
欧州連合(EU)も、韓国政府の発表直後に歓迎声明を出した。国連のグテレス事務総長は米政府系メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」からコメントを求められ、「日韓間の肯定的な交流と未来志向的な対話を歓迎する」と回答した。
韓国での反発がどれくらい続くのか、それが解決策の成否にどの程度の影響を与えるかは未知数の部分が多い。ただ、今回の措置によって尹大統領の強いリーダーシップが国際社会に印象づけられたことは明らかだ。岸田政権が及び腰の対応を続けたために韓国の取り組みが実を結ばなかったと国際社会に見られるような展開になれば、日本の国際的イメージによい影響は与えなそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数