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韓流「縦読み漫画」に押され、日本の漫画は「ガラパゴス化」してしまうのか 澤田克己

韓国発の「女神降臨」は各国語にローカライズされて55億回以上読まれ、ドラマ化もされている LINEマンガ提供
韓国発の「女神降臨」は各国語にローカライズされて55億回以上読まれ、ドラマ化もされている LINEマンガ提供

「私たちはディズニーのような会社になれると考えています」。ウェブ漫画サービスを展開する韓国企業ネイバー・ウェブトゥーンでコミュニケーション室長を務めるチャ・ジョンユンさんの言葉は、自信に満ちていた。

 YouTubeのようなプラットフォームを志向しており、ウェブトゥーンや小説などの「ストーリー」を扱う「グローバル・ナンバーワン」を目標にしているのだという。日本におけるサービスを担当する「LINEマンガ」にも取材をしていると、なんだか「漫画もガラパゴス化してしまうのだろうか」という気になってくる。

ウェブ漫画は「ウェブトゥーン」が主流に

 ネットで読める漫画の主流は既に、韓国発のデジタルコミック「ウェブトゥーン」になりつつある。スマホで読みやすいフルカラーの縦スクロールという「縦読み」で、横にページをめくっていく従来の漫画とは異質のものだ。日本漫画のコマ割りに慣れた読者にとっては単調にも感じられるが、スマホでは読みやすいスタイルである。

 100カ国以上でサービスを展開する同社の登録クリエイターはアマチュアを含めて600万人、有料利用者数は月8900万人を超えた。ネイバーの2022年7~9月期決算では、コンテンツ事業の売上高は前年同期比77%増という好調ぶりだ。

 ネイバーが韓国でウェブトゥーンのサービスを始めたのは2004年。今では多くのプロ作家が作品を提供し、1話数百ウォン(1ウォンは約0.1円)程度で販売されるものが少なくない。宣伝のため最初の数回分は無料だったり、公開直後に読む場合は有料だったりと様々なパターンの課金スタイルがあるようだ。

 作品販売に加え、広告収入、人気作品のドラマ化・映画化と、ビジネスモデルが確立されている。グローバル展開の効果は大きく、英語版や中国語版のサイトでは数百万、数千万の「いいね」が付いている作品が珍しくない。2021年7月から2022年6月の1年間に最も稼いだ作家の収入は124億ウォン(約12億4000万円)。登録しているプロ作家の平均収入は2億8000万ウォン(約2800万円)に上るという。

伝統のある日本は出遅れ気味

 ネイバーが日本で「LINEマンガ」のサービスを始めたのは2013年。日本には出版社のような機能を持つ独自の編集部が置かれ、オリジナル作品の制作も手がけている。日本でも増えたウェブトゥーン専門制作会社や、日本の大手出版社とも契約して作品の提供を受けている。海外作品のローカライズ版を含め、ここでしか読めないタイトルが約1100点あり、投稿作品であるインディーズを含めると作品数は100万を超える。

 日本事業を統括するLINEデジタル・フロンティアの金信培(キム・シンベ)CEOは「日本の漫画はデジタルへの転換期にあり、デジタル市場は年率10%程度の成長を続けている。大手出版社もウェブトゥーンに関心を見せるようになり、専門の制作スタジオもここ2年ほどで40くらい出てきた」と話す。

 ただ従来スタイルの漫画の伝統が根強い日本では苦労もある。2019年に日本テレビ系でドラマ化された東村アキコのウェブトゥーン「偽装不倫」のような例はあるものの、日本ではプロの漫画家によるウェブトゥーン参入がなかなか増えないのである。金氏も「日本の漫画家も少しずつ増えてきた」としつつ、大きな流れを作るには「あと2~3年はかかるだろう」と慎重だった。

AIを使って作品を量産

 ウェブトゥーンでは、作家と読者の双方がデジタル世代中心となる。そして韓国のウェブトゥーン制作では作品への書き込みが重視される。若い作家の作品に若い読者がコメントを付け、それに作家が呼応するというスタイルだ。金氏は、それが「世界で受け入れられている」と強調した。

中央に置かれたカメラの前に立った人物の画像がAIによって漫画っぽく変換され、画面に表示される=ソウル郊外のネイバー本社で2022年11月24日、澤田克己撮影
中央に置かれたカメラの前に立った人物の画像がAIによって漫画っぽく変換され、画面に表示される=ソウル郊外のネイバー本社で2022年11月24日、澤田克己撮影

 デジタルの世界ではツールを活用することで作業時間を短縮でき、アナログ的手法より短時間で作品を制作できる。そのためにネイバーが力を入れているのが、AIを使って作家を支援する技術の開発だ。写真を下敷きに背景を描いたり、カメラで撮影した人物を漫画っぽいタッチで作画したりという作業をAIが担当し、作家がそれを手直ししていく。細かな彩色もまずはAIにやらせ、そこから手作業で修正を加えていく。

 ソウル郊外のネイバー本社で実演を見せてもらうと、ビデオカメラの前に立った人物の映像がリアルタイムで漫画風のイラストとして画面に表示されていった。同社では約60人のエンジニアがAIを利用したツール開発に当たっている。

 開発目的は「作家の負担を減らし、ストーリー作りなどクリエイティブな作業に集中してもらうため」だという。アナログ世代の筆者は「なんだか機械に急かされているような気がする」とも思ったが、デジタル社会のスピードを乗り切るにはどんどん作品を送り出す必要があるのだろう。

日韓の「変化の仕方」を梅雨に例えた老教授

 ウェブトゥーンの中心が若い世代だというのは日本でも変わらない。デジタルネイティブの世代には、横に読んでいく旧来型の漫画より縦スクロールになじんでいる人も少なくないそうだ。

 ただ気になったのは、LINEマンガ編集部の担当者から「日本は(従来型の)横漫画が強い島国だ。(旧来の)横漫画で培った描き方の中に、ウェブトゥーン制作では足かせになる点がいくつかある」と言われたことだ。従来の漫画の描き方はコマ割りなどを使って間を持たせ、情緒を描こうとするのだが、こうした作法はウェブトゥーンにはなじまない。どちらが優れているというのではなく作り方の違いなのだが、「漫画というのはこうだという先入観」がウェブトゥーン参入への足かせになっているのだという。

 すぐにウェブトゥーン全盛となった韓国と異なり、多くの漫画家が慎重な姿勢を示す日本の現状を象徴する話だ。筆者は、韓国の元大学教授から数年前に聞いた話を思い出した。「日本の梅雨は小雨が降り続くので、肩から段々と濡れていく。韓国の梅雨は土砂降りが多いから、全身が一気に濡れる」。日本は徐々に変わっていくが、韓国は一気に変わる、という意味だ。日本の植民地時代を知る高齢の元教授は、そのことを日韓両国の梅雨にたとえたのである。

 これもまた「どちらがいいか」という問題ではないが、デジタル時代で成功するにはスピード感が重要だということは否定しがたい。ウェブトゥーンの世界的ヒット作品の多くは韓国発というのが現実だ。2023年2月時点で約250話となっている韓国発のウェブトゥーン連載「女神降臨」は各国語にローカライズされて55億回以上も読まれ、ドラマ化もされたが、日本発のこうした大ヒットはまだない。日本はウェブトゥーンの立ち上がりが韓国より遅かったし、日本の漫画には独自のよさがあるとは思うものの、韓流ウェブトゥーンの勢いを見ていると「ガラパゴス化」という言葉が脳裏をよぎるのである。


澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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