国際・政治 韓国
茶の間の政治談義ができなくなった韓国「社会の分断」の深刻さ 澤田克己
新年早々にブラジルから飛び込んできた暴徒の映像は、2年前の米連邦議会襲撃事件を思わせるものだった。韓国でこうした事件が起きることは想像しにくいが、それでも米国などと同様に社会の分断は深刻な問題となっている。韓国紙・朝鮮日報が「ひとつの国、二分された国民」というタイトルの企画記事の中で嘆いていた。日本にとって「全くの他人事」でもなさそうに思うので、同紙が伝えた韓国の現状を紹介しておきたい。
政治の議論がタブーに?
韓国はもともと親戚付き合いが多い社会である。核家族化が進んだ近年はそうでもなくなっているが、それでも日本よりは多いように感じる。そして韓国の人々は一般的に日本人より政治に強い関心を持っている。旧正月などの帰省シーズンに集まった親族間での政治談義が、大統領選や総選挙における投票行動に影響を与えるとも言われてきた。友人との集まりでも政治談義が盛んだった。
だが、そうした光景も変わってきているようだ。朝鮮日報の世論調査では、39.1%の人が「最近3~4年以内に政治的な考え方の違いで、家族や友人と気まずいことになったことがある」と答えたのだ。同窓会でチャットグループを作ったら、その中で与野党支持者間のバトルが起きてしまい、忘年会を直前にキャンセルすることになった――というケースも紹介されていた。
政治的な志向が違う人と、「酒食を共にするのは気が進まない」という人は40.7%、「本人もしくは子供と結婚してほしくない」という人が43.6%だった。男性を紹介されたら、まず好みのYouTubeチャンネルを確かめるという女子大学院生もいる。韓国では政治トークのチャンネルが多いから、それとなく探りを入れるのである。
「事実」か「フェイク」か
スキャンダルも、自分の支持政党に関するものであれば「フェイクニュース」で、対立政党に関するものなら「事実」になる。
昨年秋には、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と最側近である韓東勲(ハン・ドンフン)法相が繁華街の店で深夜まで酒盛りをしていたのではないか、という疑惑が飛び出した。野党に近い人物によるとみられるYouTube発の情報で、メディア関係者の間では最初から信ぴょう性が疑われていた。
野党議員が国会で持ち出して騒ぎが大きくなったが、結局は、発信源とされた女性がボーイフレンドに作り話を語っていたと分かった。女性がそう認めたのだ。それでも今回の世論調査では最大野党「共に民主党」支持者の69.6%が「事実だ」と答え、「フェイクだ」とした人は11.5%に過ぎなかった。
反対のケースでも、また同じことである。昨年3月の大統領選前に民主党候補だった李在明(イ・ジェミョン)氏(現・民主党代表)について、「少年院に入っていたことがある」という情報がネット上に流れた。検察が事実ではないと確認し、虚偽情報を流した人物は罰金を科された。それでも今回の調査で与党「国民の力」支持者の43.4%がこの「少年院説」を「事実だ」としたのである。
与野党支持層の「ギャップ」が顕著に
大統領支持率の推移を見ると、こうした問題が年を追って深刻化していることが分かる。
韓国ギャラップ社による昨年12月第3週の世論調査での大統領支持率は、与党支持者が78%なのに対し、野党支持者は7%だった。両者間のギャップは71ポイントということになる。このギャップが年々広がっているのだという。
同社が定期調査を始めたのは1991年。それ以降の歴代大統領の任期中最大のギャップは金泳三(キム・ヨンサム)氏が39ポイント、金大中(キム・デジュン)氏が48ポイント、盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が62ポイント、李明博(イ・ミョンバク)氏が64ポイント、朴槿恵(パク・クネ)氏が75ポイント、文在寅(ムン・ジェイン)氏が85ポイントだった。
昨年末の調査結果は、尹政権でも改善傾向が見られないことを示している。文政権よりマシなようにも見えるが、それは与党支持者の大統領支持率が比較的低いのが原因のようだ。与党支持者からの支持率が78%では、野党支持者からの支持がゼロでも差は78ポイントにしかならないのである。
政治的信念が違う相手とは酒を飲めない
深刻なのは、こうした傾向が政治家にも見られることだ。かつては政策を巡って激しい論戦を戦わせつつ、そうした場を離れれば酒を酌み交わすこともあった。それが今では「最近の議員は政治的にというより、プライベートでも相手を嫌っているみたいだ」などと嘆く声が、与野党の中堅クラスから出てくる。他政党の議員でも身内に不幸があれば弔問するのが普通だったのに、最近はそれすら珍しくなっているのだという。
民主主義では政治的信念の異なる人々の意見にも耳を傾け、政策決定では少数派の意見をできるだけ取り込む姿勢が求められる。多数決で押し切るのは民主主義とは呼べない。互いに「人としても」付き合えないというのは、かなり深刻である。
翻って、日本はどうだろうかと考えると、こちらもかなり心もとない。「ネトウヨ」や「バヨク」と罵りあう人同士が楽しげに酒を酌み交わす姿はなかなか想像できない。そもそも私自身も、初対面の相手に自分の職業を明かすのにためらいを覚えることが多い。「朝鮮半島を担当する新聞記者」と名乗ると、何回かに一回かはからまれる。そんな経験をしている身からすると、韓国の状況を笑うことはできないのである。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数