国際・政治 日韓関係
韓国が日米の「対中けん制」に加わるという驚き 澤田克己
11月13日に開催された日米韓首脳会談は、「おやっ」と思わせる内容だった。日本のメディアでは、同じ日に開かれた日韓首脳会談の報道に押され気味で扱いが悪く、その内容も北朝鮮対応に焦点を当てたものが目立ったが、実際には初の「包括的な共同声明」が出されるという大きなニュースがあった。それは、「対北朝鮮」に限定されていた日米韓連携の性格を転換させることを示唆するものであった。
対北で目立ったのは「ミサイル情報の共有」くらい
岸田文雄首相とバイデン米大統領、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、カンボジアの首都プノンペンで顔を合わせた。開始が2時間ほど遅れたこともあって、会談そのものは10分余りと短かった。
3人の首脳が一同に会したのは、北朝鮮の挑発に断固たる姿勢を示すためでもあった。日本で広く報道されたのは、「北朝鮮のミサイル警戒データをリアルタイムで共有する」という点だ。近年はミサイルを何発発射したかという基本的な情報でさえ、日本と韓国の発表が食い違うことがあった。日韓関係の悪化で情報共有がスムーズにできていなかったためと考えられる。これが是正されるのは良いことだ。大抵は発射地点に近い韓国側からの情報の方が正しいので、日本にとってはメリットが大きい。ちなみに米軍は韓国軍と一体運用なので、最初から齟齬が生じない。
北朝鮮関連で目立ったのはそのくらいだ。核実験については「国際社会による力強い確固たる対応により対処されることを確認する」と表明したが、ロシアによるウクライナ侵攻以降の国際情勢を考えれば「力強い確固たる対応」とは何だろうかと考えざるをえない。
「台湾海峡の平和・安定の維持」を明記
今回の「共同声明」は、きわめて包括的な内容だった。北朝鮮関連の言及は、各論部分の冒頭でなされてはいるものの、14段落ある声明で2段落のみである。
日米韓首脳会談の開催は、実に5年ぶりだ。前回の2017年7月は韓国で文在寅(ムン・ジェイン)大統領が就任した直後で、北朝鮮が核実験とミサイル発射を繰り返していた時期でもあった。この時の共同声明は3段落だけの短いものだったが、北朝鮮以外のことは1行も書かれていない。
では今回の声明には何が書かれたのか。目立ったのは、中国とロシアを念頭に置いた国際情勢についての言及、特に対中けん制に関する部分だった。これが日米の共同声明であれば、特別目新しくもないが、韓国が入っているとなると話が違う。会談翌日の韓国紙・朝鮮日報の社説が「共同声明ではあるものの、韓国がこれほど鮮明に対中警戒メッセージを発信したのも初めてだ」と評したほどである。
3首脳は声明で「台湾海峡の平和及び安定の維持の重要性」を明記した。さらに「不法な海洋権益に関する主張、埋立地の軍事化及び威圧的な活動を通じたものを含め、インド太平洋の海域におけるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する」と強調した。名指しこそ避けたものの、中国へのけん制であることは一目瞭然だ。
ウクライナ情勢でロシアを非難した際にも、「インド太平洋地域を含め、いかなる場所においても、そのような行為が決して犯されないようにする」とクギを刺した。さらに米中の確執の場となっている太平洋島嶼国を巡る情勢に関しても、「米主導の戦略への支持」が明示された。
経済安全保障でも踏み込んだ。日米韓が政府レベルで経済安保対話を行っていくとし、レアメタルや半導体など重要物資のサプライチェーン構築でも協力することをうたった。ここでも「日米韓3カ国は、経済的威圧に一丸となって反対し、持続可能で透明性のある貸付慣行を支持する」と、中国を念頭に置いたとみられる一文が盛り込まれた。
一足先に「グローバル」志向になっていた米韓同盟
日米と米韓という2つの同盟で結ばれた3カ国の関係は、冷戦時代に「疑似同盟」(ヴィクター・チャ)と評された。日米は韓国に「反共の防波堤」としての役割を期待し、軍事政権だった韓国を支えた。
1980年代前半には、「韓国が踏ん張っているから日本は防衛費を少ししか使わず安泰にしていられるのだ」という理屈で、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権が日本に巨額援助を要求。中曽根政権が40億ドルの経済協力に応じたこともある。
朝鮮戦争の休戦時に結ばれた米韓相互防衛条約に基づく米韓同盟は、「韓国防衛」を目的としたものだ。日本だけでなく「極東」地域全体を対象とする日米安全保障条約とは性格が異なり、在韓米軍も韓国防衛のために駐留している。
だが、韓国の経済成長を受けて、米韓の同盟関係は幅を広げてきた。21世紀に入ると経済面での強固な協力が強調され、韓国では「グローバル同盟」という言葉も使われるようになった。文在寅政権下では、米韓首脳会談の共同声明に初めて「両首脳は台湾海峡の平和と安定の維持の重要性を強調する」という文言が入った。
日韓の軍事協力には難しさも
それでも歴史的に難しい問題を抱える日本を加えた日米韓の枠組みでは、依然として対北朝鮮での連携がメインとなっていた。それが今回、一気に突き抜けた感がある。
もちろん韓国の尹錫悦政権が保守派だからということはあるだろう。ただ、たとえ進歩派政権だったとしても、国際情勢の厳しさを考えれば、これまで通りの対応は取れないのかもしれない。
日米韓首脳会談を論じた進歩派のハンギョレ新聞社説は、そうした観点から興味深いものだった。
社説は「北朝鮮の核・ミサイル高度化に対する抑止力強化は明らかに必要だ」と指摘。その上で「日本との軍事協力をどこまでしなければならないのかについて、合理的な論議を踏まえなければならない」と述べ、「日本が歴史問題と経済報復措置(半導体輸出規制)の解決に前向きな態度を見せないのであれば、韓米日安保協力が世論の支持を受けることはできない」と強調した。
ハンギョレの書き方は、「日本との安保協力」を頭ごなしに否定するものではない。ただ韓国にとって対中政策はきわめて繊細かつ難しいものであるだけに、今後も紆余曲折はありそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数