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韓国・梨泰院雑踏事故での「責任逃れ」に見る尹錫悦政権の危うさ 澤田克己

梨泰院の事故現場付近では花を手向ける人々の姿が絶えない Bloomberg
梨泰院の事故現場付近では花を手向ける人々の姿が絶えない Bloomberg

 韓国・ソウルの梨泰院(イテウォン)における雑踏事故で、ハロウィーンを楽しもうと集まっていた多くの若者が犠牲になった。人出は予想されていたことであり、行政や警察の不手際が批判されるのは当然だ。それだけに、担当閣僚が当初、責任逃れとも受け取れる釈明をしたのは驚きだった。その後、謝罪に追い込まれたものの、実は「非を認めようとしない姿勢」は尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に通底している。支持率の低い政権がこのままで大丈夫なのかと心配になってしまうほどである。

おざなりになった雑踏警備

 問題となったのは、李祥敏(イ・サンミン)行政安全相の発言だ。自治体と警察、消防、つまりは今回の事故に関係するほぼ全ての公的機関を担当する閣僚である。

 李氏は事故から一夜明けた30日の記者会見で「(コロナ対策の行動制限が)解除されてはいたが、それ以前と比べて特別に憂慮するほど多くの人が殺到したわけではない。警察と消防を前もって配置しておけば、うまくいくような問題ではなかった」と述べた。

 梨泰院を管轄する警察署は事故の2日前、「今年のハロウィーンには1日10万人の人出が予想されるので、通常より多い200人の警察官を配置する」と発表していた。ただし、力点が置かれたのは麻薬や性暴力の取り締まりであり、雑踏警備ではなかった。実際には、事故当日に出動していた警察官は137人に過ぎず、しかもその半数以上は麻薬や性暴力に目を光らせる私服刑事だったという。

事故が起きた梨泰院の現場 Bloomberg
事故が起きた梨泰院の現場 Bloomberg

 韓国メディアによると、野党・共に民主党の首席報道官は李氏の発言について「極めて不適切だ。事故の収拾を図るために最善を尽くさねばならないタイミングなのに、李氏は責任逃れを図っているようだ」と批判。与党内からも「自治体や警察としては、こうした事故が起きないような対策をしなければならないのに、その部分が足りないのではないか」という声が漏れた。

 韓国の現行法制では、主催者のいないハロウィーンの雑踏のような場合、警察には極めて限られた権限しかないという。それでも十分な数の警察官や消防官が現場にいれば、群衆に警告を発するなど何らかの対応ができた可能性はある。李氏の発言が「責任逃れ」と批判されたのは当然だろう。

あくまで正当性を強調

ところが翌31日になっても李氏の姿勢は変わらなかった。記者団から発言の趣旨を改めて聞かれた李氏は「警察の(捜査で)事故原因がわかるまでは、早まった予測や推測、扇動のような政治的主張をしてはならないという趣旨だった」と答えている。さらに「事故を防ぐことは不可能だったという意味ではなく、それ(現場の警察官や消防官の不足)が原因になったのかは分からない(という意味だった)」とも述べた。

 これには与党内からも「言動に注意すべきだ」とか「閣僚が発言するたびに物議を醸すのは遺憾だ」という声が多く上がり、非主流派の重鎮は公然と罷免を求めるようになった。

 11月1日付の保守系有力紙・東亜日報は社説で「警察や消防の人数不足の問題ではないと担当閣僚が予防線を張っている。国民の惨憺たる思いとは距離のある無責任な態度と言うしかない」と批判。進歩派の京郷新聞は社説で「無責任な発言だ」と指摘した上で、李氏に辞任するよう求めた。

「批判には負けない」という意固地さ

 李氏の対応を見ていて、こうした光景は、現政権になってから珍しくないということに気がついた。尹大統領自身が、さまざまな批判を浴びた時に見せる態度と似通っているのである。

 閣僚候補に指名した人物のスキャンダルが発覚した時や、重要ポストにある人物の不適切発言で任命責任を問われた時、尹氏は「職務に関連する高い能力を持っている人物だ」という趣旨の説明で押し通そうとする。批判されている事案に正面から答えるのではなく、自らの判断の正当性を強調するイメージだ。

尹政権の「無責任体質」が指摘されている Bloomberg
尹政権の「無責任体質」が指摘されている Bloomberg

 9月には、尹氏が訪米中にバイデン米大統領らを侮辱するような発言をしたのではないかと問題になった。テレビカメラに偶然捉えられた発言で、明確に聞こえたわけではなかったこともあり、大統領室は、「別の言葉に『バイデン』という字幕を付けた」とテレビ局を批判した。強気の姿勢からは、事態の早期収拾を図ることより「批判には負けない」ことを重視する意固地さが感じられた。

 ただ、150人以上もの命が失われた今回の事故ではさすがに、強気一辺倒で最後まで突き進むのは難しかったのだろう。李氏は結局、11月1日に国会審議で公式の謝罪に追い込まれた。

 自らの非を認めようとしない李氏の姿勢について、与党所属の元国会議員も「セウォル号沈没事故の時に朴槿恵(パク・クネ)政権は初動でつまずいて、後々まで批判された。今回は、それを教訓に強気の対応をしたのだろう」と話す。ただ、これまでの経緯を見ていると政権の体質を反映しているのではないかという疑念をぬぐうことは難しい。そうした疑問をぶつけると、現政権を支持する保守派の政界関係者は「そうなんだよねぇ」とため息をつくのだった。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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