検察捜査に追い詰められる「疑惑まみれ」の韓国野党代表 澤田克己
韓国の最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表に対する検察の捜査が本格化してきた。年明けにはいよいよ国会への逮捕同意案請求となる可能性がある。日本の逮捕許諾請求に相当し、不逮捕特権を持つ国会議員の逮捕に必要な手続きだ。民主党側は「政治的弾圧だ」と反発しているものの、党内には李代表への不満もあって複雑な様相を見せている。
韓国の検察は文在寅(ムン・ジェイン)前政権で国家安保室長を務めた元高官を12月初めに逮捕している。北朝鮮軍による韓国公務員射殺事件と関連し、政権に不利な情報を削除しようとした疑いだ。ただ検察は、文前大統領に対する刑事責任の追及には踏み込まないまま事件処理を終えるという見方が強い。李代表の事件とは分けて考えた方が、混乱を避けられてよいだろう。
李代表は2022年3月の大統領選で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と大接戦を演じた。8月の党代表選では8割近い圧倒的な得票率で勝利し、27年の次期大統領選への再挑戦を狙っている。ただ文政権下で非主流派だったこともあり、「親文」と呼ばれる文在寅支持派とは緊張関係にある。
捜査当局による「切り崩し」が進む
李代表を巡って韓国で報じられているのは、▽市長を務めていたソウル郊外・城南市の大規模宅地開発を巡る巨額資金疑惑、▽市長時代にサッカーの市民球団への広告費の見返りとして企業に有利な取り計らいをした疑惑、▽京畿道知事時代の妻による公金横領疑惑、▽選挙法違反事件で摘発された際の法廷闘争でかかった弁護士費用の付け回し疑惑――などだ。
もっとも注目されるのは宅地開発事業だ。韓国では今でもバブリーな大規模開発が大都市近郊で続いており、山野を切り開いての新都市開発には巨額のカネが動く。半官半民で開発されたこの事業では、利益の7割に当たる約4000億ウォン(約400億円)が開発会社に渡ったとされる。韓国メディアは、李代表の選挙資金にも一部が使われた疑いを報じている。
検察はこれまでに李代表の側近らを逮捕して捜査を進めてきたが、12月になって市民球団を巡る捜査での事情聴取のため出頭するよう李代表に求めた。年明けには他の疑惑に関する捜査も進展しそうで、いよいよ本人の切り崩しにかかってきたと受け止められている。
「定番」の前政権の不正追及とは違うものの…
李代表は出頭要請を受け、「もっとも不公正で常識外れな政権がまさに尹錫悦政権だ。李在明を殺しても、その無能と不公正は覆い隠せない」と街頭演説で反発。クリスマスの朝には「どんな困難があろうとも、困っている隣人を抱き、国民の生活を守るという責任を放棄しない」とフェイスブックに書き込み、徹底抗戦の構えを見せた。
韓国の検察は政権の意向を受けた捜査をすることが多く、政権交代後に前政権下での不正が追及されるのは定番だ。李代表の場合は前政権下での不正というわけではないが、尹大統領が検事総長出身ということもあって検察の動きは注目されている。それだけに民主党の執行部は「政敵排除だ」と反発するものの、党内では李代表と距離を置こうとする動きも見られる。
つきまとうダーティーなイメージ
背景にあるのは、李代表につきまとうダーティーなイメージだ。代表選でも「司法リスク」という言葉が飛び交った。党規約に「不正や腐敗行為に関連して起訴されたら役職停止」とあることが懸念され、代表選前に「政治的弾圧」の場合には適用されないと修正された。起訴までは織り込み済みということだ。
大統領選を前後する半年余りの間に疑惑にからむ4人が自殺などで相次いで命を落としたことも、イメージ悪化につながっている。宅地開発疑惑で事情聴取された城南市都市開発公社の幹部2人、弁護士費用の付け回し疑惑を最初に通報した男性、妻の公金横領疑惑で事情聴取された男性といった具合だ。
大統領選期間中に財閥関係者から「李在明氏がどんな人物か知りたければ、『アシュラ』という映画を見るといい」と言われたことがある。城南(ソンナム)市長ならぬ「アンナム市長」がカネと権力のために殺人を含めて悪事の限りを尽くすというB級映画だ。「まさかね」と思いつつ、やはり思い出してしまう映画である。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数