ソウル高裁で同性カップルの権利を認める「逆転判決」が出た納得の理由 澤田克己
性的少数者への偏見が日本以上に強いとされる韓国で、同性カップルの権利を認める画期的な判決が出された。同性パートナーを公的健康保険の扶養者にできるかが争われた訴訟で、ソウル高裁が2月21日に扶養者としての登録を認める原告勝訴の判決を言い渡したのだ。婚姻は男女間でのみ成立するとした一審の判断を覆した逆転判決の中身と、韓国社会の受け止めなどを見てみたい。
「同性パートナーに扶養者資格を認めないのは差別待遇」
聯合ニュースによると、原告の男性は2020年にパートナーの被扶養者として職場の健康保険に登録したが、国民健康保険公団によって取り消された。「実質的な婚姻関係にあるにもかかわらず、同性という理由だけで被扶養者としての資格を否定するのは制度の目的に反する」と提訴したが、1審のソウル行政裁判所は「同性である2人を事実婚の関係と見るのは難しい」として認めなかった。
ソウル高裁判決も「事実婚の関係」は否定した。ただ「同性だという点を除けば、実質的に事実婚と同じ生活共同体の関係にある」と指摘し、こうした関係は「同居・扶養・協助の義務に対する互いの意思の一致と、事実婚と同一である程度に密接な情緒的・経済的な生活共同体の関係」を前提にしていると判断した。
その上で、「異性間の事実婚における配偶者にのみ被扶養者の資格を認め、同性パートナーに認めないのは、性的志向を理由とした差別待遇」だと断じた。
判決は「誰でもある面では少数者となりうる。少数者であることは、多数派と違うということに過ぎず、それ自体が間違いだとか、誤りだということにはなりえない」と踏み込んだ。さらに「多数決の原則が支配する社会であるほど、少数者の権利に対する認識と、これを保護するための努力が必要であり、これは人権の最後の堡塁である裁判所のもっとも大きな責務でもある」と述べた。
保守系三大紙は沈黙
進歩派のハンギョレ新聞は社説で「憲法の精神に照らしてみれば当然のことなのに、あまりにも長い時間がかかった。今こそ政府と国会が性的少数者の権利を広げる制度改善に乗り出さねばならない」と主張した。同じく進歩派の京郷新聞も「判決を歓迎する」という社説を掲げ、性的少数者を差別する社会保障制度の改善を訴えた。
中道の韓国日報も社説で、法的に同性婚が認められていないことで生じた「行政的な差別を取り除いた」判決だと肯定的に評価した。一方で朝鮮日報と中央日報、東亜日報という保守系三大紙は、社説に取り上げなかった。
激しく反発したのが、汝矣島(ヨイド)純福音教会系の新聞である国民日報だ。社説で「韓国社会の基本秩序を揺るがしうる、非常に危険な判決だ」と断じ、「婚姻に対する社会的概念と基準を無にする危険性をもたらした」と批判した。
画期的判決の担当判事は全員エリート
裁判で驚くような判決が出ると、「反骨精神にあふれる非主流の判事が担当したからだろうか」と考えてしまうこともある。だが、韓国紙で司法専門記者を務め、現在は独立系メディア・ニュース打破で活動する李範俊氏によると、今回は裁判長をはじめ3人の判事全員が本流のエリート判事だという。
李氏は「韓国は政治理念による対立が深刻なので、こうした問題は司法府の判断で解決される傾向が強い」と話す。李氏は「エリート意識を持つ判事には(こうした問題で)世論の一歩先を行きたいという意識があるようだ」とも指摘した。
同性婚に対する韓国世論は依然として厳しいが、変化の目も出てきている。韓国ギャラップ社の2021年の世論調査では、同性婚を法律で認めることに賛成は38%、反対は52%だった。2001年には賛成17%だったので大きく伸びてはいるものの、まだ世論の大勢とまでは言えない。
ただ若年層の意識変化は大きく、20年前には26%だった20代の「賛成」が2021年には73%になった。30代も17%から52%へと増えている。
韓国で同性婚への理解が進まないのは、福音派をはじめとするプロテスタントの宗教右派が強く反発しているからだとされる。「国民日報」の反発ぶりは、それをよく示すものだ。
一方で、日本に比べると若年層の投票率が高く、政治家も若者の声を意識せざるを得ないという事情もある。今回の判決で勢いづいた当事者たちによって、訴訟が次々と起こされる可能性もある。戸籍制度の廃止など時に大胆な変化が起きる韓国だけに、同性婚を巡る動きも目を離せなくなりそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数