国際・政治 日韓関係
韓国の「福島視察団」現地入り 韓国の否定派・肯定派は何を語ったか 澤田克己
「日韓関係の改善は急速に進んでいる。でも『福島』の問題は難しい。扱いを間違えると大変なことになりかねない」。広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に随行して来日した韓国政府高官が漏らした。
東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡り、韓国の専門家らでつくる視察団が5月23日、第1原発を訪れ現地視察に入った。福島第一原発の事故で生じた処理水の海洋放出への韓国世論の反発は日本でも報じられている。では反発する人は何を語っているのか、問題ないと考える人はどうなのか。その一端を知ることのできる専門家討論が韓国の人気ラジオ番組でされていたので、簡単に紹介したい。
ラジオ番組に出演した2人のソウル大教授
韓国CBSラジオで平日朝に放送されている「キム・ヒョンジョンのニュースショー」。女性アンカーがゲストにインタビューを重ねるスタイルで、与野党の幹部や話題の人物からニュースになる発言を引き出すことが多い番組だ。
5月18日にここで、ソウル大の教授2人が議論を戦わせた。原子力工学科の徐鈞烈(ソ・ギョンニョル)名誉教授と、医学部で放射線医学を専門とする姜健旭(カン・ゴヌク)教授だ。海洋放出への見解は、徐氏が否定的、姜氏が肯定的である。
汚染水から放射性物質を取り除く多核種除去設備「ALPS(アルプス)」を通しても、三重水素は分離できずに残る。韓国では三重水素の健康影響を主張する人も少なくないが、この点については両氏とも同じ見解だった。海洋放出に否定的な徐氏も「三重水素が危険だという話は聞いたことがない」と話した。
徐氏は、ALPSできちんと処理しても三重水素と炭素14は残ると指摘する。ただ、この二つが問題だというのではないという。「問題は、(ALPSで処理される)地下水や冷却水に混じる砂や泥、さまざまな残骸だ。(不純物が混入していると)フィルターが目詰まりしやすく、すぐダメになる」と話した。
野党は「おぜん立てを整えるだけ」
姜氏は2015年、韓国食品医薬品安全庁と消費者団体、専門家からなる現地視察団に加わった経験を語った。事故直後には放射能に汚染された水が処理もされずに海へ大量に流出したから、「今よりはるかに汚染が深刻だった時」だ。ただ魚などを韓国に持ち帰って検査した結果、「日本側もウソは言っていないんだな」という考えに至ったという。
討論が行われたのは、韓国政府が日本政府との合意に基づいて視察団を派遣する直前だった。野党「共に民主党」は現地でのサンプル採取をしないことを問題視し、結果的に海洋放出を容認するおぜん立てを整えるだけの視察団になると反発を強めていた。
姜氏は「東京電力がいくら言っても信用するのは難しい。それで出てきたのがIAEAの検証団だ。IAEAが1年かけて検証をしていて、韓国も、中国も検証に加わっている」と指摘した。さらに「検証は1年かけてやるようなことであって、そもそも3泊4日で検証なんて不可能だ」としつつ、「(専門家が)現場を見れば、それでも理解度が上がる」と話した。
一方の徐氏は、現地を訪れたことはないという。視察団に対しても「外見を取り繕うだけの視察だ。専門家によく見学してもらって、帰ってから韓国国民の間に理解を広めてください、と(いうものだ)」と辛辣だった。
韓国周辺海域で問題は出ていない
姜氏は、韓国原子力安全技術院が06年から実施している韓国周辺海域での調査にも言及した。原発事故以前からセシウムや三重水素など放射性物質の濃度を計測しているが、事故後も数値は変わっていない。事故時には全く処理されていない大量の汚染水が海に流れ込んでいるのだから、何か影響があるなら、もう出ていなければおかしいではないかという。
韓国周辺での調査について徐氏は、調査地点が少なすぎると問題点を指摘した。さらに日本との間を頻繁に行き交う大型船舶が積むバラスト水によって、海洋放出された汚染水が韓国に持ち込まれる懸念も深刻だと主張した。
重要なのは「信頼」
8年前の現地視察で水産物を直接検査して「日本側もウソは言っていないんだな」という感想を抱いたという姜氏の話は、重要なポイントだろう。やはり信頼が重要なのだ。
その意味で問題なのは、今回の視察団に関する事務レベルの事前協議で経済産業省が何を見せるかについて消極的な態度を示したとされることだ。「何かを隠そうとしているのではないか」という疑念を生めば、かえって逆効果になってしまう。
日本も03年、牛海綿状脳症(BSE)の発生を受けて米国からの牛肉輸入を止めたことがある。2年後にいったん再開したものの、翌月には危険部位混入のケースがあったとして再び輸入を止めた。06年に条件付きで再開したが、07年に国際機関がそうした条件は不要だという判断を示した後も、13年まで規制を続けた。
この時に米国は「日本の規制は非科学的だ。70万頭を対象にした検査でも発症率はゼロに等しかった」と反発した。私は、この問題でもめていた時期の日米農相会談に臨んだ中川昭一農相(当時)の囲み取材に入ったことがある。その時に中川氏は、牛肉の輸入規制について「科学的問題以前の話だ」と切り捨てた。
目に見えない恐怖が食の問題となった時の対応は、極めて難しいということだろう。私は科学的根拠を大切にしたいと考えるものの、「安全より安心の問題だ」という主張を頭ごなしに否定することにはためらいを覚えるのである。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数