国際・政治

韓国「次の大統領」への不安は妥当か 対日関係を悪化させる国際環境にない 澤田克己

広島の平和記念公園にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑を参拝した韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相=2023年5月21日 Bloomberg
広島の平和記念公園にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑を参拝した韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相=2023年5月21日 Bloomberg

 8月上旬に東京へ来た韓国人研究者が、「日本人はみな尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を高く評価する一方で、次の大統領になったらどうなるかという不安を口にする。まるで、日韓関係を左右する要因が韓国側にだけあるような言いぶりだ」とこぼしていた。

 韓国の大統領は1期5年で、再任はない。尹氏は大統領選で25万票弱、得票率にして0.73ポイントという僅差で勝利した。それだけに2027年3月に実施される次の大統領選で与野党どちらの候補が勝つかは予想できない。そして昨年惜敗した李在明(イ・ジェミョン)氏(現・共に民主党代表)は選挙中、日本に対して非友好的な態度を見せていた。

 これが、日本側で「不安」を生んでいる。もし李氏のような人物が次の大統領となったら、李氏を後継候補とした文在寅(ムン・ジェイン)前政権の時のように日韓関係を悪化させるのではないか、という心配だ。これが妥当かどうか考えるために、文政権の対日政策を振り返ってみたい。

文政権は当初対日関係に慎重だった

 文政権イコール日本敵視のようなイメージもあるが、発足当初の1年あまりに取った対日政策は慎重なものだった。対日政策を等閑視するようになったのは、就任1年を過ぎてからだ。対米関係についても、同じような経過をたどった。

 文氏は、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾を受けて実施された17年5月の大統領選で当選した。大統領選では主要候補すべてが「慰安婦合意の見直し・再交渉」を口にした。文氏はこの公約を受けて合意の検証を実施した。

大阪で開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議で韓国の文在寅大統領(左)を出迎える安倍首相=2019年6月28日(代表撮影)
大阪で開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議で韓国の文在寅大統領(左)を出迎える安倍首相=2019年6月28日(代表撮影)

 ただ結果を受けて18年1月に示された政権の方針は「合意では解決されていないが、見直しや再交渉は求めない」という歯切れの悪いものとなった。検証チームの報告書は、当事者無視の秘密交渉を進めたと朴政権を非難することに主眼を置いていた。

 文氏は、安倍晋三首相との関係にも心を砕いた。北朝鮮のミサイル発射などがある度に安倍氏との電話協議を重ね、首脳同士の対話で関係改善を図る意欲を強調した。日本外務省高官によると、安倍氏は「問題があるから首脳同士で話しあわなければならないという。案外とまともな政治家だ」と好意的に話していた。

 文氏の外交ブレーンだった金基正(キム・ギジョン)延世大教授は大統領選の際、筆者のインタビューに、文氏が側近として仕えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が日米との関係をこじらせたことから教訓を得たと語った。「対外関係で思慮に欠ける行動を取ると、関係修復のために不要なエネルギーを消耗する」というもので、対北政策を進めるためにも日米との良好な関係が必須になるという指摘だった。

背景に北朝鮮情勢の変化

 文氏の慎重な姿勢の背景にあったのは、緊迫の度合いを増す北朝鮮情勢だった。北朝鮮は16年から17年にかけて核実験とミサイル発射をかつてないペースで繰り返し、トランプ米政権は軍事力を前面に出して北朝鮮を圧迫した。文氏は対話を通じた緊張緩和を望んだが、現実には日米との連携強化で対応せざるをえなかった。

ソウルの検察庁を出る朴槿恵元韓国大統領(中央)=2017年3月22日 Bloomberg
ソウルの検察庁を出る朴槿恵元韓国大統領(中央)=2017年3月22日 Bloomberg

 ところが翌18年に入ると、北朝鮮の対話攻勢によって状況が大きく動いた。2月の平昌冬季五輪を前に南北対話が急速に進み、4月には南北、6月には米朝首脳会談が開かれた。文氏は9月には訪朝して金正恩(キム・ジョンウン)総書記と会談し、対話の促進などを盛り込んだ「平壌宣言」に署名した。

 対話の進展と反比例するように、対日姿勢は硬化した。訪朝直後の日韓首脳会談で、慰安婦合意に基づく財団について「国民の反対で正常に機能していない」と言い出して、解散させることを示唆したのだ。日本から再考を求められたものの、11月には財団の解散と事業終了を発表した。

 韓国の最高裁が10月末に元徴用工への賠償を日本企業に命じる判決を出しても、文氏は積極的に動こうとしなかった。むしろ青瓦台は、日本側も受け入れ可能と見られる方向で決着させようとした韓国政府内の動きを制止した。その後、日韓関係はどんどん悪化していった。

対米関係にも同様の変化

 米国に対する姿勢も同様だった。南北対話が始まった18年1月の時点では、文政権は米国との意思疎通に気をつけていた。在韓米大使館の幹部が「非常に細かい内容まで(北朝鮮と)合意する前に、米国から了解を取り付けようとしていた」と語るほどだ。日本外務省の幹部からも「意外と現実的だ」という評価が出ていた。

 ところが米国との関係も変質していく。9月の南北首脳会談で署名された平壌宣言について、米国と事前に調整できていなかったのだ。南北を結ぶ道都と鉄道の着工式を年内に行うと合意したものの、米国との調整がつかず実現しなかった。

米国ホワイトハウスを訪れた韓国の尹錫悦大統領(左)=2023年4月26日 Bloomberg
米国ホワイトハウスを訪れた韓国の尹錫悦大統領(左)=2023年4月26日 Bloomberg

 康京和(カン・ギョンファ)外相の国会答弁によると、米国のポンペオ国務長官に電話で首脳会談の結果を説明した際には米側から不満が表明されたという。1月に見せていた慎重姿勢は、どこかに消えていた。

 北朝鮮との対話が順調に進んでいると認識した時期から、日米との関係への配慮がなくなったということだ。ボタンを掛け違えたまま日本との関係はさらに悪化し、米朝対話の頓挫もあって米国との歩調もずれたままとなった。

 ただし、安倍政権による19年の輸出規制強化への対応からは、米国との同盟関係にひびを入れられない韓国の事情も読み取れた。文政権は対抗措置として日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を表明したが、米国の圧力を受けて取り下げざるをえなかった。

厳しさを増す安全保障環境

 文政権の動きを振り返って分かるのは、北朝鮮を巡る状況が危機的である時に日米との関係をこじらせる余裕はないこと、加えて米国を含めた3カ国の枠組みを壊すのは難しいことだ。

 残念ながら、ロシアのウクライナ侵攻以後の状況を考えると、次期政権の発足する27年の時点での北東アジアの安全保障環境は厳しいままだろう。北朝鮮の核問題解決は見込めないし、台湾情勢がさらに緊迫している可能性もある。日韓ともに、いがみあう余裕があるとは考えにくい。

 さらに、尹政権は日米との連携をさらに強めていく構えを見せている。日米韓の枠組みをより強固なものとし、制度的な裏付けを作っていくことができれば、それは将来的に日韓関係の不安定化を防ぐ装置としても働くはずだ。

 韓国社会における近年の意識変化を考えれば、日本との協力を尹氏ほど熱心に説く政治家が次の大統領になる可能性はほぼない。ただ、野党への政権交代が起きたとしても対日政策を完全に逆行させることができるかと考えれば、それもまた疑問なのである。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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