国際・政治 韓中関係
韓国経済の中国依存度は意外に伸びていない 澤田克己
韓国の対中政策と関連して指摘されるのが、韓国経済の中国依存である。韓国では、対中傾斜を指摘された朴槿恵(パク・クネ)政権の頃から「安美経中(安保は米国、経済は中国。韓国では米国のことを『美国』と表記)」という言葉が多用されるようになった。それが日本にも紹介されてきたので、そうしたイメージが定着した感がある。ただ専門家に聞くと、実際には、韓国から中国への輸出と投資は何年も前から伸び悩んでいるのだという。実像は、どのようなものなのだろうか。
2000年代に対中輸出が急増
韓国と中国の国交樹立は冷戦終結後の1992年だが、中韓の経済関係が深まったのは2000年代に入ってからとなる。01年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟で中国市場へのアクセスが以前より容易になったことに加え、「世界の工場」として急成長した中国が必要とする部品や生産設備といった中間財の韓国からの輸出が大きく伸びた。この構図は、韓国の完成品メーカーに日本企業が部品などを納入する関係に似ている。
かつては韓国からの輸出相手といえば米国と日本だった。80年の輸出相手国としてのシェアは米国26.3%、日本は17.4%。冷戦下の韓国は反共の最前線国家であり、この年の中国への輸出はほぼゼロだった。
ところが前述の通り、2000年代に入ると対中輸出が急増した。03年には中国がシェア1位となり、それが昨年まで続いてきた。ところが、よく見ると中国への輸出は13年を境に伸び悩んでいる。対中貿易収支の黒字も減少し、23年に入ると遂に赤字基調となった。
韓国経済に詳しい日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部の百本和弘さんは「中間財を生産する中国の地場企業が力を付けてきたことが大きい」と指摘する。中国からの完成品輸出が伸びれば、韓国から中国への部品輸出が伸びるという構図が崩れたということだ。多くの分野で中国企業にキャッチアップされてしまったため、最近の対中輸出は半導体への一極集中が進んでいる。
入れ替わるように近年は対米輸出が好調で、輸出相手としてのシェアは中国に迫っている。今年は、輸出相手国1位が20年ぶりに米国へと再逆転するかもしれないのだという。
人件費上昇で対中投資の魅力薄れる
韓国からの対中投資も、同様の傾向を見せる。00年代前半に急増したものの、08年ごろには伸び悩み始めた。この頃には中国の人件費が高くなり、世界の工場という位置づけが変わり始めたことが背景にある。
近年も大型投資が続いているように見えるが、ここでも半導体への一極集中が深刻だ。22年の対中投資は、半分以上が半導体関連だった。百本さんによると、半導体を除けば韓国の対中投資は08年から横ばい状態が続いている。
投資が増えているのも米国向けだ。韓国輸出入銀行の「海外直接投資統計」を見ると、対中投資と対米投資は00年から13年まで似たような水準で推移したものの、14年以降は明らかに対米が著しい伸びを見せている。昨年の対米投資は285億ドルで、対中投資の85億ドルの3倍以上に上った。生産基地としての投資はベトナムに向かうようになって久しく、さらに近年はインドへの投資も増えているという。
尹錫悦政権による変化ではない
日本と韓国を比べると、対中輸出が輸出全体に占めるシェアはいま、日韓両国ともに2割強で大差ない。ただし韓国は、国内総生産(GDP)に占める輸出の割合が大きい。20年には約31%で、日本の3倍近かった。対中輸出が経済全体に与える影響は、韓国の方がそれだけ大きいことになる。中国市場の大きさを無視することはできないし、韓国にとって中国との経済関係は依然として重要だということになる。
ただ、中国一辺倒に近いイメージのあった、かつての韓国経済の姿とは大きく変わってきたことも確かだ。朴槿恵政権が政治的に中国接近を図り、文在寅(ムン・ジェイン)政権も中国に政治的配慮を欠かさなかったこととは裏腹に、貿易や投資では静かに中国から他国へ軸足が移ってきた。とはいえ中国市場の大きさ故に難しい対応を迫られているというところだろう。
百本さんは「誰が大統領になっていたとしても、現在の状況は変わらなかっただろう」と指摘する。米韓同盟を重視する尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権になったから風向きが変わったというようなものではないことは、改めて確認しておいていいだろう。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。