国際・政治

韓国は日本との軍事同盟に「同意」――世論調査で明らかになった意識の変化 澤田克己

G7広島サミットを機に首脳会談を行った韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相=2023年5月21日(代表撮影)
G7広島サミットを機に首脳会談を行った韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相=2023年5月21日(代表撮影)

 日本による植民地支配の記憶が残る韓国では、日本との軍事協力には拒否感が根強い――。そんな常識に疑問を突き付ける世論調査の結果が10月に公表された。韓国政府系シンクタンクの調査で、北朝鮮や中国の脅威に対応するための日本との同盟に過半数が「同意する」と答えたのだという。同時期に出た別の世論調査にも、同じような方向性を示す結果があった。正直に言えば、キツネにつままれたような気分にもなるのだが、詳しく見てみたい。

初の「日本との同盟」に関する設問

 韓国統一研究院の「統一意識調査」という世論調査で、朝鮮半島の統一や周辺情勢など多岐にわたる200以上の質問に答えてもらう対面調査だ。2014年から毎年実施されている。

 日本との同盟に関する設問は今年初めて入った。「北朝鮮の脅威に対応するため韓国と日本は軍事同盟を結ばねばならない」という考え方への賛否を問う形の質問に、「強く同意する」が6.3%、「ある程度同意する」が46.1%で、合計すると52.4%が「同意」だった。

 「中国の脅威に対応するための同盟」とした質問では、同意がさらに増えた。「強く同意する」が7.2%、「ある程度同意する」が48.3%で、計55.3%に上ったのである。

 対北朝鮮、対中どちらについても「同意」とした人は45.3%、どちらについても「同意しない」とした人が37.5%だった。片方でだけ「同意」と答えた人は17.3%と少数派であり、研究チームは「前提条件と関係なく韓日同盟に反対もしくは支持する人は一貫性ある態度を見せた」と評価した。

 だが、日韓の同盟に現実味があると考えている専門家はおそらくいない。研究チームも「近い将来に実現するシナリオとは考えられない」としたうえで、「韓日軍事協力に対する国民の認識をより正確に知るため、もっとも強い形態の軍事協力である韓日間の『同盟』に対する考え」を聞いたのだという。

 そして、出た結果は研究チームが「少し予想外」と戸惑うものとなった。

野党支持者でも3分の1が同意

 後述するが、日本との同盟への態度には尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の保守与党「国民の力」を支持するかどうかが影響を与えていた。対北朝鮮と対中の両方で日本との同盟に「同意」と答えた人は与党支持者が62.2%で突出して多く、野党「共に民主党」支持者は34.3%、支持政党なしが39.3%だった。

大阪市で開かれたG20サミット首脳会議で韓国の文在寅大統領を出迎える(左)安倍晋三首相(当時)=2019年6月28日(代表撮影)
大阪市で開かれたG20サミット首脳会議で韓国の文在寅大統領を出迎える(左)安倍晋三首相(当時)=2019年6月28日(代表撮影)

 与党支持者の数字以上に驚きなのは、民主党支持者ですら3分の1が「同意」ということだ。しかも、対北朝鮮と対中のどちらかだけは同意という人が18.3%いた。文在寅(ムン・ジェイン)政権時の与党だった民主党の支持者には、歴史認識問題を中心に厳しい対日姿勢を見せる人が少なくない。にもかかわらず、とにかくノーだという人は5割を切っていた。

 韓国の国際政治学者らと意見交換する機会があったので、この結果をどう見るべきか聞いてみた。すると、安全保障環境に対する危機感の高まりが、タブー視されてきた日本との軍事協力への理解を広げたという見立てだった。北朝鮮の核開発が急速に進んだうえ、ウクライナでのロシアによる核の脅しを見たことが、危機意識を高めたということだ。

 北朝鮮の脅威に対する韓国人の認識は、日本で一般に想像されるのとは違い、実際には鈍かった。冷戦時代から一触即発の状態が続き、21世紀になっても戦死者を出す小規模な衝突は起きている。だから、犠牲者が出るわけでもない核実験やミサイル発射には強く反応してこなかったとも言える。そうした状況もさすがに変わってきた、ということなのだろうか。

対北朝鮮に日本との情報共有は必要

 もう一つの世論調査というのは、言論NPOが韓国の東アジア研究院と毎年実施している日韓共同世論調査だ。この調査には「日米韓は軍事協力を強めるべきか」という質問が入っていて、韓国側では文在寅政権だった時期を含めて「強めるべきだ」という回答が6~7割を占めてきた。

 だが、東アジア研究院の専門家は「韓国では何といっても米韓同盟が最優先だ。3カ国の軍事協力と言っても頭にまず浮かぶのは米国であり、日本はそれほど大きな要素だと見ていない。この設問への回答を、日本との軍事協力に対する意識と結びつけて考えることは難しい」と話す。

 ただ今年の調査には、北朝鮮の脅威に対応するために日韓はどのような安全保障協力を進めるべきかを四つの選択肢から選ぶ質問が入った。協力の度合いが低い順から韓国での調査結果を並べると、「北朝鮮への対応でも日韓の安全保障協力には反対だ」20.5%、「情報共有は必要だ」41.5%、「情報共有だけでなく、共同対応のための政策協議会を新設すべきだ」19.6%、「日韓同盟を検討する必要がある」10.9%だった。

板門店の共同警備区域=2018年、渋江千春撮影
板門店の共同警備区域=2018年、渋江千春撮影

 現状では、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)に基づく情報共有が進められている。2012年に李明博(イ・ミョンバク)政権が締結しようとした時には、野党の民主党だけでなく、与党内から強い異論が出て挫折した。朴槿恵(パク・クネ)政権下で締結されたものの、文政権下の19年には破棄一歩手前という事態に陥った協定だ。

 それなのに今回の調査では、情報共有もしくはそれ以上の協力を求める意見が計8割である。しかも同盟を選んだ人が1割いる。これを見ると、統一研究院の調査結果もおかしくないのかなと思えてくる。

重要なのは依然「歴史問題」

 統一研究院の研究チームは、日本との同盟を支持するかどうかを決めた要因が何かを探る回帰分析をしている。統計学的に意味があるとされた結果は、あまり驚きのないものだった。保守与党支持者で、歴史問題での賠償はもう不要だと考え、日本を軍事的な脅威だとは見ないといった要素が、同盟支持につながっているのだという。

 ただし支持政党については、与党支持かどうかに限って統計学的に意味があった。野党支持者は、無党派層と似たような傾向だということだ。日本に対する好感度も、意味のある要因ではないことが分かった。文化などを通じた国民交流の重要性を否定するものではないものの、それが万能ではないということだ。

 最も重要な要因は「歴史問題に対する態度」だったという。研究チームは「日本との協力を国民的な支持を得ながら安定的に続けていくためには、歴史認識問題についての国民感情をよく見ていかなければいけないことを示唆する結果だ」と評価した。

 歴史認識問題に関する韓国世論は、日本がどのような態度を見せるかによって大きく動く。となると、日本の態度が安保協力への韓国世論の支持に直接的な影響を与えうるということになる。韓国との安全保障協力を強めていこうとする際には、きちんと考えるべき点だろう。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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