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韓国24年4月総選挙は混乱必至-与野党ともに分裂・新党結成の動き 澤田克己
韓国で来年4月に総選挙が行われる。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に対する中間評価で、勝敗は政権基盤に大きな影響を与える。現政権になって関係改善が一気に進む日本でも関心を持たれているが、実はまだ選挙の対立構図すら見えてこない状況だ。与野党とも、現時点で注目されるのは分裂して新党立ち上げとなるかどうかなのだ。政界関係者が「新党が少なくとも二つは出てくるのではないか」と言うほどの混迷ぶりで、与野党どちらが優勢とも言いがたい。いったいどうなっているのだろうか。
4年前は共に民主党が圧勝
韓国の国会は1院制で解散はない。定数300(小選挙区253、比例47)を争う総選挙が4年ごとに実施される。
前回は文在寅(ムン・ジェイン)政権下の2020年4月で、ちょうど新型コロナウイルスの感染第1波を乗り切った時期に投票日を迎えた。欧米諸国のひどい状況を目のあたりにする一方、韓国は検査や隔離の体制をいち早く整えて乗り切ったという感覚が広く共有されていた時期だ。政権には強い追い風が吹き、与党・共に民主党が180議席を獲得する圧勝だった。
22年3月の大統領選の結果、与野党は入れ替わった。国会で過半数を持つ野党の協力は必須のはずだが、尹大統領は野党を突き放すような姿勢を取った。その結果、野党が強行採決で可決した法案に、大統領が拒否権を発動するという場面が繰り返されてきた。
尹大統領は理念優先で民主党を攻撃
尹大統領の支持率は政権発足直後から低い水準が続き、30%台が定着している。与党幹部は政権発足直後から筆者に「進歩派は何をやっても支持してくれない。中間の人々をどう引き付けるかの勝負だ」と語っていたが、中間層の取り込みがうまくいっているとも思えない。
際立つのは保守的な理念を強調して、進歩派である民主党を攻撃する姿勢だ。尹大統領は今年8月15日の演説で、進歩派を「共産全体主義勢力」だと事実上決め付けて物議をかもした。
そうした中で与党・国民の力に衝撃を与えたのが、10月のソウル・江西区長補選だった。民主党候補に得票率で17ポイントという大差を付けられたのだ。もともと野党が強い地域ではあるが、昨年6月の区長選では与党候補が勝っていた。
注目されたのは17ポイントという点だった。前回総選挙の区内での総得票数を比較すると、やはり民主党が17ポイント超のリードだったのだ。区長補選の負けは、前回総選挙での惨敗を思い起こさせるものだった。与党は党改革を打ち出して体制立て直しを図ろうとしているものの、有力議員の抵抗などで内部の混乱が続いている。
民主党は造反で代表逮捕に同意
一方で民主党側も盤石の体制とは言いがたい。9月には国会で李在明(イ・ジェミョン)代表の逮捕同意案が採決に付され、民主党側から約30人の造反が出たことで可決された。その後、裁判所の審理で逮捕の必要性が認められなかったため在宅起訴にとどまったが、大量造反の余波は収まっていない。
秘密投票だった逮捕同意案の採決で造反したとみられる非主流派の議員には、熱烈な李代表支持者らから中傷や脅迫まがいのものを含めて抗議が殺到した。李代表が総選挙の公認作業で非主流派の追い落としを図るという見方も強い。12月3日には、こうした動きに反発する非主流派の重鎮が「李代表の私党になってしまった」と離党を宣言した。
与野党内部の泥仕合に国民が向ける視線は冷ややかだ。民間調査機関・リアルメーターが11月末に実施した世論調査で「政党としての活動に対する評価」を聞いたところ、与党・国民の力への満足が30.2%、野党・民主党への満足が32.6%でともに低調。不満足という回答が、両党とも6割を超えた。
与党も前代表が新党旗揚げへ
韓国ギャラップ社が12月1日に発表した世論調査では、国民の力支持が33%、民主党支持が34%ときっ抗している。見通しをさらに難しくしているのが、冒頭で触れたように与野党とも分裂含みであることだ。
与党側では、李俊錫(イ・ジュンソク)前代表による新党旗揚げが確実視されている。一昨年の大統領選を前に36歳という若さで代表になったものの、その後、尹大統領との確執が表面化していた。政治的行動を共にしてくれる人の「連絡網」を作るとフェイスブックで11月中旬に呼びかけ、1週間ほどで5万人の賛同を集めたとされる。
さすがに韓国でも「オンラインだけで新党などできない」(与党議員)という声はあるものの、注目度は高い。野党関係者は「李前代表は中道層にも一定の支持を持っている。尹大統領を嫌って野党支持に回っている人の中には、李氏の新党にくら替えする人が出るだろう」と警戒する。
野党側では、李洛淵(イ・ナギョン)元首相が新党結成に動くのではないかと注目されている。金大中直系で、文政権で首相を務めた李元首相は11月末の講演で党の現状を「惨たんたるものだ。民主党が長い間守ってきた価値と品格を失った」と正面から批判した。それに先立って非主流派の議員らは、現指導部へのアンチテーゼという意味を込めて名付けられた「原則と常識」というグループを立ち上げている。
民主党を既に離党し、新党結成に動こうとしている有力議員もいる。野党から離党した議員を与党が取り込もうとする動きもある。選挙の構図が最終的に固まるのは早くても年明けだろう。韓国の選挙は直前の政治情勢に強く左右されることが多いこともあり、情勢をある程度見極められるのは投票1カ月前を切ってからという可能性が高そうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。