国際・政治

政権交代しても変わらない韓国の「国防政策ベースライン」とは 澤田克己

アジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席して演説する韓国の尹錫悦大統領(2023年11月15日) Bloomberg
アジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席して演説する韓国の尹錫悦大統領(2023年11月15日) Bloomberg

 日米韓3カ国による安全保障協力の強化が急速に進められている。11月の日米韓防衛相会談では、自衛隊と米韓両軍による共同訓練について複数年にわたる計画を作り、2024年1月から実施することで合意した。計画は既に作成作業中で、年内にまとめるという。ポイントは「複数年の計画」を作ることだ。各国で政権交代が起きても、簡単には動かせないようにする狙いが込められている。8月の日米韓首脳会談で、首脳やさまざまな閣僚の会談を少なくとも年1回は開くことに合意したのと同じだ。

 昨年5月に韓国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足して以降、日米韓の連携強化は加速した。前任の文在寅(ムン・ジェイン)政権は北朝鮮に融和的な姿勢を取る一方で、対日関係の悪化を放置した。そこからの転換ぶりが強く印象に残っているだけに、安保協力の制度化には韓国での政権交代リスクに備えようというのは自然な発想に思える。

 ただし保守派の尹政権と進歩派の文政権で外交安保政策が全く違うかというと、そういうわけではない。もし次期政権が進歩派に戻ったらどうなるかを考えるためには、歴代の保守派政権と進歩派政権の政策の継続性と断絶について知る必要がある。歴代政権の「国防外交」や防衛産業発展の歴史をまとめた著書「韓国の国防政策」を刊行したばかりの伊藤弘太郎・キヤノングローバル戦略研究所主任研究員と考えてみた。

進歩派政権下でも国防予算は増加

 韓国の外交安保政策の基本は米国との同盟にある。進歩派の政権であっても米韓同盟を重視する姿勢は一貫している。これは、日本における日米同盟の位置づけと変わらない。

 伊藤さんはさらに、政権の理念とは無関係な国防政策のベースラインがあると指摘する。尹氏が北朝鮮に対する強硬姿勢をアピールしながら「力による平和」を強調することが目に付くものの、実際には文氏も「平和を守るために圧倒的な力の優位を達成しなければならない」と語っていた。文政権5年間の国防予算増加率は平均で年6%を超え、大型の無人偵察機グローバルホークや最新鋭ステルス戦闘機F35など新しい装備も文政権下で導入された。

米国を訪れ記者会見に臨む韓国の文在寅大統領。文政権時代も国防予算は増加(2021年5月21日) Bloomberg
米国を訪れ記者会見に臨む韓国の文在寅大統領。文政権時代も国防予算は増加(2021年5月21日) Bloomberg

 保守派と進歩派で変わらない政策の典型は、近年の輸出急増で注目される防衛産業の育成だ。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)という保守政権9年間の取り組みを文政権がそっくり引き継いだ。尹政権もその路線を踏襲する中、ロシアによるウクライナ侵攻の影響もあって輸出額が急増した。

 伊藤さんは「何か違いがあるとすれば保守派は陸軍重視だが、進歩派は陸軍を嫌う度合いが強いという程度だ」と話す。かつての軍事政権が陸軍主導だったことが関係しているそうだ。外交政策でも、対中配慮を優先して「中国傾斜」と評される姿勢は前任の朴政権と変わらなかった。

文政権は北朝鮮を刺激しないよう配慮

 ただし、政権の性格による違いがないわけではない。

 伊藤さんが例に挙げたのは、ミサイル探知訓練「パシフィック・ドラゴン」だ。北朝鮮の弾道ミサイルを念頭に置いた日米韓の初の合同訓練として16年に始まった。17年5月の文政権発足後も続いたが、同年12月に5回目を実施して以降、何も発表されなくなった。実際には18年には日米韓に豪州を加えた4カ国、20年にはさらにカナダも加わった5カ国で実施されていたのだが、それは後に明らかになった。尹政権になってからは再び、訓練実施が発表されるようになったという。

米国の最新鋭ステルス戦闘機F35。韓国が導入したのは文在寅政権時(2023年6月20日) Bloomberg
米国の最新鋭ステルス戦闘機F35。韓国が導入したのは文在寅政権時(2023年6月20日) Bloomberg

 文政権が発足した時は「戦争の危機」が語られるほど北朝鮮情勢が緊迫していたが、北朝鮮は18年になると米韓両国に対話攻勢をかけた。こうした状況を受けて、北朝鮮への刺激を避けたいと考えるようになった文政権の意向を受けて訓練実施が発表されなかった可能性がある。文政権はグローバルホークやF35を初めて配備した時にも華々しい式典を公開しなかった。これも、北朝鮮を刺激しないようにと配慮したのではないかという。

 日米との共同訓練にしても、韓国が進歩派政権になれば、日程調整や参加させる装備や人員という面で消極的な姿勢を見せる恐れは否定できない。共同訓練の計画を立てておけば安心というわけにはいかなそうだ。

 それでも外交安保政策は周辺情勢によって制約される部分が大きい。文政権も発足当初の北朝鮮情勢が厳しかった時期には日米との協力路線を維持したし、米朝対話が破綻して再び情勢が悪化した政権末期にはインド太平洋地域での多国間軍事演習に参加するようになった。21年の米韓首脳会談では、共同声明に初めて「台湾海峡の安全」への言及が入った。

 伊藤さんは「文政権下でも韓国の国防政策のベースラインは守られていた。それが、尹政権発足後の急速な進展につながっている」と話す。イメージだけでなく、冷徹に内実を見極めることの大切さを示す、重要な視点だろう。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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