教養・歴史書評

考え続けることの困難を『思考実験ドリル』で痛感 美村里江

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 年始から大変なニュースが続く。本題から派生して増えていくいろいろな記事を読みながら、「読書日記」で扱う本を替えようと思った。

『思考実験ドリル』(北村良子著、伊藤ハムスター絵、講談社、1650円)。「こどももおとなもみんなハマる!!」というリードの通り、どのテーマも考えさせられる。しかし「ハマる」というより、「考えたら抜け出せない」が近い気がする。ごく一部の問題を除いて、全て「正解はない」問題だからだ。

 有名な「トロッコ問題」を含む42の実験。基本を考える上でのガイドとなるコラムも挟み、12歳くらいに見える男の子「冴(さえ)」と、性格の異なる5種の生き物たちが考えを膨らませていく。漢字にはふりがな付きで小学生でも読める内容だが、本当に難問ばかりだ。

「つらい現実から逃れ、一生起きることなく最高の夢を見続けられる装置を使いたいか(水槽の中の脳)」などの設問は楽しく考えられるが、現実問題と重なるものも多い。「ある国の大きな事故で多数の国民が亡くなり、国が責任を認め遺族へ補償金を支払うことになったが、支払う額は個人により違うのか悩む大臣たち」(命の値付け。ちなみに1995年阪神淡路大震災の際、遺族へのお金は亡くなった方が一家の大黒柱かそれ以外か、という2通りで区別された)なんて設問がそれだ。

 ストーリーを読み、二択から問題を考え、解説を読んでさらに考え、もう一問踏み込んだ問題についても考える。一つの問題ごとにこの過程を踏むだけでも、けっこうな時間を要する。考えて結論を出すより、考え続けることは脳にとって重労働なので、偏った極論はある意味省エネだ。多数の人と話し合いを続けるには、さらに何倍ものエネルギーと時間が必要となり、現実の問題にはそれを続ける以外にない。

 未結論の思考をグレーの状態で持ち続けるには理性が必要だが、なぜそれが大事なのか痛感した。

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『愛書狂の本棚』はす…

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