国際・政治 台湾総統選
台湾有権者が示したバランス感覚 政権維持は許すも国会の過半は許さず 近藤伸二
台湾有権者は絶妙なバランス感覚で、民主主義の手段としての選挙の意義を示した。低投票率の日本は学ぶべきところが多い。
世界選挙イヤーの冒頭で民主主義の意義示す
世界の「選挙イヤー」の先陣を切って1月13日、台湾総統選挙が行われた。台湾の主体性を重視する与党・民主進歩党(民進党)の頼清徳副総統が対中融和派の2候補を破り、中国の圧力には屈しない姿勢を見せつけた。
一方で、同時に実施された立法委員(国会議員)選挙で、最大野党・中国国民党(国民党)が比較第1党となるなど、有権者は絶妙のバランス感覚を発揮し、民主主義の手段としての選挙の意義を改めて示した。
見事なバランス感覚
台湾総統選には頼氏のほか、国民党の侯友宜・新北市長、第三勢力・台湾民衆党(民衆党)の柯文哲・前台北市長が出馬を表明。世論調査で頼氏がリードを保つ中、侯氏と柯氏が候補一本化で合意したものの、交渉はまとまらず、三つどもえの争いとなった。
選挙戦は、武力侵攻もちらつかせながら統一を迫る中国とどう向き合うかが最大の争点となった。台湾の主権を守るため毅然と対応すると訴える頼氏に対し、侯氏と柯氏は中台間の緊張緩和に向け、対話を強化すべきだと主張した。
民進党政権の継続を阻止したい中国は、台湾から輸入する繊維原料の関税優遇を停止するなど、経済面で蔡英文政権に揺さぶりをかけた。中国の気球が台湾上空を通過するなど、安全保障面でも緊迫したムードに包まれた。
台湾の住民は、中国と経済や文化交流を行うことには賛成でも、急激な接近には拒否感が強い。2014年には、当時の国民党・馬英九政権が進めた対中傾斜策に反発する学生が立法院(国会)を占拠する「ヒマワリ学生運動」が起こった。
半面、長年にわたる国民党一党独裁体制を経験した台湾では、長期政権に対する警戒感が強い。格差の拡大などで、蔡政権への不満も高まっている。00年の初の政権交代以来、民進党と国民党が2期8年ずつ交互に政権を担当しており、今回、民進党が初めて「8年の壁」を破るかどうかが注目された。
そうした見どころを含んだ総統選と立法委員選だったが、全体的な結果は、見事にバランスが取れたものとなった。有権者の意思が伝わってくる選挙といえよう。
総統選は頼氏が当選し、民進党が政権を維持することになった。蔡政権の対中強硬姿勢も引き継がれる。だが頼氏の得票率は40.05%で、対して2位の侯氏(33.49%)と3位の柯氏(26.46%)を合わせると6割に上る。「政権交代を望む民意が主流」とも解釈でき、頼次期政権は緊張感を持って政権運営に当たらざるを得ない。
また、立法委員(定数113)は3党とも過半数の57議席に届かず、国民党が52議席で小差ながら民進党の51議席を上回り、比較第1党となった。民衆党は8議席で、残りは無所属2議席。民進党は現有62議席から11議席失い、国民党は現有37議席から15議席増やした。民衆党は現有5議席から3議席上積みした。
投票率71.86%
台湾の政治制度では、立法院で過半数を占めないと、法案や予算案を否決されるなどして、政権運営は厳しくなる。00~08年の民進党・陳水扁政権は一貫して少数与党に甘んじ、何度も苦杯をなめた。今回8議席を得た民衆党がキャスチングボートを握る情勢となり、民衆党を味方につけようとする民進党と国民党の駆け引きが既に始まっている。
さらに、22年11月に行われた統一地方選で国民党が大勝したことも加味すると、台湾の有権者が今回の選挙で発したメッセージは明確だ。対中・対米政策を軸とする蔡政権の基本路線は支持するが、民進党にオールマイティーの権力を与えたわけではないという意思表示である。
5月20日に発足する頼政権は、これまで以上に野党の声に耳を傾けなければならず、時には妥協も必要となる。陳政権時代の政治混乱を知る台湾の有権者が、それでも今回、政権と議会のねじれを選択したのは、8回目となる総統選の歴史を通じて、それは「民主主義のコスト」だと認識しているからだろう。
国民党一党独裁時代の台湾では、自由や人権を抑圧する体制が続いた。苦難の末、民主化を達成した台湾の人々は、特定の政党や政治家に権力が集中するのを嫌う傾向が強い。意思決定に多少時間がかかっても、権力をチェックする仕組みが整っている方が健全だと考えているのだ。
「民主化は我々の手で勝ち取った」という意識も強い。自分の1票でリーダーを決めることができるようになった喜びは大きく、それは投票率に反映される。初の政権交代が実現した00年の総統選は、過去最高の82.69%を記録した。台湾の選挙制度は、現住所ではなく戸籍のある場所で投票しなければならず、期日前投票もない。今回は71.86%で、前回の74.90%より下がったものの、かなり高いと言える。
若者も投票所に
台湾では現在、失業や低賃金にあえぐ若者らの間で政治への失望感が広がっており、今回の選挙の投票率は下がるとの見方も出ていた。結果的に70%を超えたのは、そうした若者も棄権せずに投票所に足を運んだことを意味している。若者層では2大政党を批判する柯氏の支持者が多く、柯氏の得票率を押し上げたとみられている。
前回は、民主化を求めて闘う香港の人々に共感する若者の多くが、「1国2制度」反対を旗幟(きし)鮮明にする蔡氏に票を投じたことで、投票率が上がった。若者の関心事は時代とともに変化するが、常に若者を引き付けるテーマが生み出されていることが、台湾の高投票率の秘訣だろう。
24年はこの後、米国、ロシア、インドネシア、メキシコの大統領選挙、韓国やインドの総選挙、欧州連合(EU)議会選挙など、世界で主要な選挙が目白押しだ。今、民主主義国家内でも保守派対リベラル派など分断が常態化し、公約を競い合う場である選挙が非難の応酬の場と化している。「投票しても、社会は変わらない」との無力感も漂う。
そうした状況の中で行われた台湾の総統選と立法委員選は、投票を通して民意を表明するという、選挙本来の役割や重要性を可視化した。選挙をする度に低投票率が問題となる日本も、学ぶべき点が多いのではないか。
(近藤伸二・ジャーナリスト)
週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載
特別リポート台湾総統選 有権者のメッセージは明確だ 民主主義下の選挙の意義示す=近藤伸二