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経済・企業 物価

春闘での賃上げ交渉時は品質調整前のCPI活用を 登地孝行

毎年新機種が発売され性能も向上しているアイフォーンは「同じ品質であった場合の価格」に“品質調整”すると値下がりする
毎年新機種が発売され性能も向上しているアイフォーンは「同じ品質であった場合の価格」に“品質調整”すると値下がりする

 日銀が1月16日に発表した「生活意識に関するアンケート調査(2023年12月)」によると、消費者が実感する物価上昇率は、回答者の平均で前年比プラス16.1%と、1993年5月の統計開始以来最高を更新した。

 一方で、総務省が発表する全国消費者物価指数(CPI)では、23年12月に前年比プラス2.6%と、消費者の実感と比べて大幅に低くなっている。

品質向上で値下がり

 日銀が公表するワーキングペーパー(研究論文として公表された資料であり、日銀の公式見解ではない)では、消費者のインフレ実感とCPIが乖離(かいり)する理由について、想定する「財(モノ)・サービスのバスケット(組み合わせ)の違い」にある可能性を指摘している。購入頻度が高い食料品やエネルギーの比重が大きく、(CPIには含まれない)住宅価格にも影響するとしている。

 また、他の要因として、CPIにおける「品質調整」の影響が考えられる。例えば、電化製品がモデルチェンジをする際には、機能などが異なる新旧製品の価格を単純に比較することはできない。機能や性能、容量といった品質の違いによる価格差を定量的に算定し、「同じ品質であった場合の価格」に直してCPIに反映させることを「品質調整」という。

 品質調整がCPIの携帯電話機に与える影響を考えてみよう。

 CPIのベースとなる小売物価統計調査ではiPhone(アイフォーン)を参照しているが、その販売価格は09年以降、モデルチェンジをしながら上昇基調で推移している(23年までの累計約80%)。一方、CPIの携帯電話機は低下基調で推移しており、09年から約10%低下している(図1)。アイフォーンは毎年新機種が発売されており、性能も向上していることから品質調整がCPIを下押しする。そのため消費者のインフレ実感とCPIが乖離する一因となっていると考えられる。他の電化製品を見ても、テレビやパソコンにおいては、品質調整の影響もあり、09年からCPIが50%超低下している。

実質的な豊かさ改善

 ここで問題として考えられることは、企業が賃上げをする際に参照するのは「品質調整をしたCPI」である一方で、消費者が実際に購入する際に支払うのは「品質調整していない金額」であるという点である。

 品質調整により価格指数が低下したアイフォーンを基とするCPIを参照して賃金が調整される場合、実際の店頭価格で買うことは年々難しくなる。

 これは、他の品質調整されるさまざまな商品にも当てはまる。そのため、CPIで調整した実質賃金がある程度維持されてきた状況下で、物が買えなくなったと実感する消費者が増えているのは、品質調整も一因となっていると考えられる。

 総務省が品質調整前のCPIも開示し、労使が春闘などで賃金交渉する際に参考にすることで、実質賃金の引き上げを促し、消費者の財消費が年々難しくなることを抑制することにつながるだろう。

 一方で、品質変化を考慮したインフレ率、及び物価変動を加味した実質GDP(国内総生産)や消費・所得などを測定するためには、品質調整は必要だと思われる。しかし、品質の変化を定量化することが難しいサービスのCPIは、財と同様の品質調整がなされていない。だが、実際にはサービスも、財同様に品質の違いによる価格差はあると思われる。例えばCPIが参照する外食サービスにおいて、提供される料理の品質が向上したり、オペレーションがスムーズになった場合は、CPIにおいて全く同じサービスとして捉えることは、果たして妥当なのだろうか。

 日本において、民間・公共サービスの品質や利便性が中長期的なトレンドとして改善しているとすると、品質調整する場合はCPIが実績値よりも低い伸びとなる。その分、CPIを考慮した消費や所得は底上げされ、これまでの認識よりも国民の実質的な豊かさは改善していたと考えることができよう。

日米サービス品質比較

 また、一部の財にも同様のことがいえる。例えば、同じ価格で食料品の質や衣服の耐久性・着心地などが向上しても電化製品のように品質調整は行われず、実質的な値下げと見なされない場合がある。今より国民の平均所得が多かった1990年代の生活に戻りたいという人はそれほどいないと思われるが、そこにもCPIの品質調整で捕捉し切れていない財・サービスの品質向上を考慮した場合の実質的な所得が改善していることが影響していよう。

 これは、日本における変化を分析する際だけの問題ではない。例えば、日本と米国を行き来している人で、1人当たり実質GDPや消費・所得が低い日本の方が豊かだと感じる人も少なくないだろう。

 これも、実質GDPを調整する物価指数(CPI)にサービス(米国でも品質調整の対象となっていない品目は多いが、家賃など一部サービスには適用されている)や、一部財の品質差異が考慮されていないことが影響しているのではないか。

 日本生産性本部「サービス品質の日米比較」(2017年)を見ると、日米のサービス品質差は10~20%とされ、08年の調査からも5%程度拡大している。日米物価統計に反映されていないサービス品質の違いを15%として1人当たりGDP(購買力平価)を簡易的に試算すると、日米の差は20%程度(6~7%ポイント)縮小すると考えられる。

 サービスを品質調整することは難しいと思われるが、CPIを参照して意思決定をする政策当局や労使、情報を発信するメディアやエコノミストは、サービスや一部財では十分に品質調整されていない可能性に留意する必要があるだろう。なお、米国では品質調整の対象品目や方法が日本と一部異なる。

(登地孝行〈とじ・たかゆき〉かんぽ生命市場運用部経済金融調査担当課長)


週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載

春闘での賃上げ交渉時は品質調整前のCPI活用を=登地孝行

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