教養・歴史 絵本大賞
子と大人の心を突き動かす――第16回柳田邦男絵本大賞 浜條元保・編集部
『どうぞのいす』『ちょっとだけ』の感想文に優秀賞
「絵本は人生に三度」と提唱するノンフィクション作家の柳田邦男さんの考えに共鳴し、「柳田邦男絵本大賞」は2008年度に東京・荒川区が創設した。絵本を読んだ感想文を柳田さんにお便りするというスタイルで始まった。第1回は三百数十だった応募作が、今第16回は1920に膨れ上がった。
1月28日、表彰式を訪れた柳田さんは「絵本から学んだことが、本当によく書けています。2000人近い人が絵本を読み、お便りを書く情景を思い浮かべながら読みました。それは迫力の情景です」と、うれしそうに語った。
『どうぞのいす』を読み、柳田さんにお便りした小学5年の女の子は優秀賞を受賞した。「あとのひとに、おきのどく」が、この絵本のキーワードだ。
うさぎさんが、通りがかった動物が一息つける「いす(短いシッポ付き)」を作り、そこに「どうぞのいす」と立て札を立てることから物語は始まる。
最初に訪れたのは、どんぐりをかごいっぱいに乗せてきたロバさん。重いどんぐりのかごを「どうぞのいす」に置くと、そばの木の下に座り込み、お昼寝してしまう。
そこに、クマやキツネ、リスが次々にやってきて、置かれていた食べ物をぜんぶ食べる。食べ終わった動物は必ず、次にくる動物のために別の食べ物を「どうぞのいす」に置いていく……。
「でもからっぽにしてしまっては、あとのひとにおきのどく」
2歳からこの絵本を読んでいるという女の子は、この動物たちのやさしさや相手を思いやる気持ちを自分が5歳から習っている空手の練習に重ねた。
「礼に始まり礼に終わる」。相手への感謝や思いやる心を大切に、自分のことばかり考えていては試合には勝てない──。女の子には、そんな武道の心と動物たちの相手を思うやさしさがつながった。
けいこが終わると、必ず床をぞうきんがけする。女の子は、「この本を読むとけいこの後のぞうきんがけへの気持ちが変わります。感謝と明日使う練習生が気持ちよく使えるために『どうぞ』という気持ちをこめています」と、柳田さんへお便りに書いた。
柳田さんは「小学5年の女の子が、ここまで心を成長させることができるのかと、私は感動して、3度も読み返しました」と、うなる。
子どもと大人に違う気づき
「一般の部」の優秀賞を受賞したのは、7歳と0歳の女の子のお母さん。選んだ絵本は『ちょっとだけ』。長女が昨年生まれた次女に嫉妬して「妹ばっかりずるい。妹なんかいらない!」と、お母さんにあたるようになっていた。そんな長女の気持ちを穏やかにさせたいと考えた時に思い出したのが、『ちょっとだけ』だった。
ストーリーは、きょうだいができた小さな女の子・なっちゃんが、いままでママにしてもらっていたことを「ちょっとだけ」頑張って自分でできるようになる姿を描いている。
しかし、お母さんが一緒に読もうと誘っただけで長女は拒絶したという。その表紙には笑顔で赤ちゃんを抱っこする女の子が描かれていた。どうにか説得して読み聞かせていると、ある場面で長女の表情が変わった。なっちゃんが友だちのママに「赤ちゃんってかわいいでしょう?」と聞かれるシーン。
なっちゃんは「ちょっとだけ」と、うなずくだけだった。
お母さんが「なっちゃんは、どうして、ちょっとしかうなずかなかったのかな?」と問いかけると、長女は「分かるよ。すごく分かる! なっちゃん、本当は嫌なんだよ。すごく我慢しているんだよ」と、堰(せき)を切ったように語り始めたという。
『ちょっとだけ』は、「子どもの部」でも中学1年生の女の子がお便りを書き、優秀賞を受賞している。
中学生になり仲良しだった友だちと離ればなれになり、気軽に話せる友だちも少ない。不安で慣れない環境にうまくなじめず、学校を休みがちになっていた女の子が幼少期に読んだ『ちょっとだけ』を思い出した。
「なっちゃんのように私にとっては難しい『ちょっとだけ』を積み上げながら、自分の目指す中学生に」。女の子はそう思い直す。
同じ絵本でも、子どもと大人で別の読み方や違う気づきがある。絵本の奥深さを感じさせる。
(浜條元保・編集部)
週刊エコノミスト2024年3月5日号掲載
『どうぞのいす』『ちょっとだけ』 子と親の心を突き動かす 第16回柳田邦男絵本大賞=浜條元保