経済・企業学者が斬る・視点争点

模倣品を味方に変える競争戦略 岸本太一

二輪車が埋め尽くすベトナムの首都ハノイの道路(Bloomberg)
二輪車が埋め尽くすベトナムの首都ハノイの道路(Bloomberg)

 外国企業による模倣品攻勢に脅威を感じる日本企業は多い。しかし、その脅威は戦略次第で機会に変わる場合がある。

脅威は戦略次第で機会に変わる

 苦労して開発した新製品がヒットする気配が見えた途端に価格の安い模倣品が登場し、シェアを奪われてしまう──。日本企業にとって、外国企業の模倣品攻勢は大きな脅威の一つになっている。

 真っ先に思いつく対策は知的財産権の侵害を訴えて国の制度や法令を活用することだろう。当局に規制の適用や取り締まりを促すことで、模倣品が市場に出回ることを防ぐという方向性である。

 筆者は数年前まで、これ以外に主要な対策を思いついていなかった。しかし、海外展開の事例を研究する中で、異なる方向性の対策を取って成功した事例に遭遇した。具体的には「競争戦略を工夫して模倣品の攻勢を逆手に取り、自社の味方に変えつつ長期的には駆逐する」というものだ。その事例は、ホンダがベトナムで展開した二輪車事業である。

 東京大学大学院経済学研究科の天野倫文元准教授(故人)と新宅純二郎教授による論文「ホンダ二輪事業のASEAN戦略」(2010年)によれば、ホンダは1997年にベトナム工場を完成させ、現地生産を開始した。同社が先に進出していたタイでは、中国メーカーが90年代末に低価格な二輪車を輸出するようになった。ホンダは98年前後から中国メーカーに対抗するため、「研究・開発の現地化を進め、それによって現地市場が求める製品ラインを迅速に上市し、競争優位を築くことに努めてきた」(前掲論文)。

 論文に掲載されているホンダのベトナム法人から得たデータによれば、99年のベトナム市場におけるホンダ現地生産車のシェアは約20%あり、日本などからの輸入分を合わせると5割近くだった。

 しかし、翌年には「中国二輪車の台頭によりホンダ(現地生産車)のシェアは9%まで低下した」(同)という。中国メーカーの二輪車の多くは、ホンダ車の構造やデザインを模倣した「イミテーションバイク」であり、車体にHONDAの文字を刻印したひどい例さえあった。

 中国車は一時ベトナム市場を席巻した。論文によれば、00年の二輪車市場175万台に対し、中国メーカーのシェアは7割台に達するほどの勢いだった(図)。ただ、中国車の天下は一時的で、03年以降は急激に減少し、ホンダは一転して生産台数とシェアを伸ばしている。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)がベトナム二輪車製造者協会(VAMM)から得た22年のデータによれば、ホンダの販売台数は240万台に上り、シェアは80%と圧倒的だ。中国メーカーはVAMMに参加しておらず、先のデータは参加する日本や台湾などのメーカー分だけだ。ホンダのシェアは実際にはもう少し低いが、中国メーカーを大きく上回っているものと見られる。

 なぜホンダはベトナムの二輪車市場で中国メーカーの攻勢に対抗し、シェアを回復できたのか。原因の一つは競争戦略に存在した。

中国車はホンダの味方に

 競争戦略の主な構成要素の一つとしては、自社の競合他社に対する差別化要因の選択が挙げられる。ホンダは「品質による差別化」を選んだ。

 一般的に、品質を追求すれば価格は高くなり、低所得者が多いベトナムのような新興国では市場の創造が困難になる。しかし、ホンダが市場創造する上で、中国メーカーの模倣品は強力な味方となった。言い換えれば、中国メーカーの模…

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週刊エコノミスト

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