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米食品ベンチャーのエクリプス・フーズ、代替たんぱく質を原料とするアイスクリームを日本で発売――地球温暖化問題に対応
米西海岸の食品ベンチャー、エクリプス・フーズ(本社:カリフォルニア州)が日本に進出し、牛乳の代わりに植物に由来する代替たんぱく質を原材料とするアイスクリームを3月から日本で販売開始した。大量の牛を飼育し、乳製品を生産する「工業型畜産業」が、温室効果ガス(GHG)の大きな排出要因となっている。牛乳を使うアイスクリームと同等かそれ以上に美味しいアイスクリームを代替たんぱく質で提供することで、消費者や食品業界の工業型畜産業への依存度を減らし、地球環境の持続可能性を高めるのが狙いという。編集部では3月に来日した共同創業者CEO(最高経営責任者)のエイロン・ステインハート氏、同CTO(最高技術責任者)のトーマス・ボウマン氏と日本法人エクリプス・フーズ・ジャパン代表取締役の御宮知香織(おんぐうち かおり)氏の3人に取材し、会社の概要や日本進出の狙いなどを聞いた。(聞き手=稲留正英・編集部)
―― エクリプス・フーズはどういう会社なのか。
エイロン 会社のミッションは、「もっと持続可能で健康な未来を作る」ことだ。2050年には地球の人口は100億人に達する。その時に、現在の方法では世界の人々に食料を供給することができない。世界でもっとも大切な自然資源の一つであるアマゾンの森林破壊は、90%が畜産業に由来する。そこでエクリプスの商品で気候変動問題に対応しながら解決策を提供する。
具体的には、乳製品を植物に由来する代替タンパク質に置き換えていく。すべての乳製品を植物性に置き換えた場合、GHGの排出量を73%削減することができる。英オックスフォード大学の研究でも、カーボンフットプリント(商品・サービスのライフサイクルにわたるGHG排出量を二酸化炭素(CO2)の量で表したもの)を和らげるために個人ができる一番のことは、植物由来の食品に変えることだと指摘している。
3種類の味のアイスを発売
―― 今回、日本で発売する商品は。
トーマス クッキーバター、チョコレート、マンゴーパッションの3種類の味のアイスクリームだ。クッキーバターは米国で「ヒーローのような味」と呼んでいる人気商品で、デルタ航空のクッキーバタースクランブルという有名なアイスにインスピレーションを得たものだ。チョコレートは米国のミルクチョコベースに対し、日本向けに、味のダークさ、リッチさを増した。マンゴーパッションは、最初にフレッシュなマンゴーの味がガツンときて、そのあとにパッションフルーツのちょっと酸っぱい味が来る。
―― 味の評価はどうか。
トーマス 乳製品ベースと区別がつかないか、あるいはそれ以上に美味しい。米国ではすでにアイスを販売し、非常に良い成績を上げている。アンケートでは73%の人が米国で最も売れている牛乳ベースのチョコアイスよりもクリーミーだと回答している。
エイロン 日本の立命館アジア太平洋大学とブルーボトルコーヒー渋谷店でこの商品を試食してもらったところ、90%の人が乳製品ベースのアイスと区別がつかないと言った。また、97%の人がとてもおいしいと言った。これは、乳製品と同等以上のものを我々が提供できている証拠で、これによって食料供給システムを変えることができる。
原材料はトウモロコシ、ジャガイモ、菜種など
―― 原材料は何を使うのか。
トーマス 単体の植物に由来せず、トウモロコシ、ジャガイモ、キャッサバ(イモノキ:タピオカの原料)、菜種を使っている。いずれも干ばつに強く、二酸化炭素(CO2)の排出量も少ない。これらの植物のたんぱく質を分子レベルで組み合わせ、「ガゼインミセル」というナノレベルの粒子を作り出し、乳製品と同じクリーミーな味、舌触りを再現するのが我々のノウハウだ。その配合は企業秘密だが、この技術を利用すれば、牛乳、チーズ、ヨーグルトとどんな乳製品でも再現が可能だ。
―― アイス以外の例は。
トーマス 米国ではハンバーガーチェーンの「スマッシュバーガー」で、植物由来のシェーキを発売し、従来の牛乳由来のシェーキの販売を落とすことなく、追加で売り上げを増やした。
―― ビジネスとしての可能性は。
エイロン 非常に大きな機会がある。世界人口の7割が、乳糖を消化する酵素を持たず、乳製品を摂取するとお腹に不調をきたす「乳糖不耐症」だと言われている。また、世界の85%の人が気候変動の影響を受けている。食料システムを、植物由来に移行させることで、これらの課題を解決することができる。
―― 代替タンパク質製品の市場規模は。
エイロン 仏クレディ・スイスによると、代替タンパク質の世界市場の規模は2050年に1.4兆ドル(約210兆円)になると予測している。
それに対し、現時点で代替タンパク質の割合は、米国の食肉市場の1%、チーズ、ヨーグルト、アイスクリームで3%、一番普及している牛乳で18%に過ぎない。仮に当社が植物由来アイスの普及率を牛乳並みにすれば(3%→18%)、それだけで20億ドルのビジネス機会になる。
実際、当社の売り上げの成長も早く、今年2月の売上高は前年同月比で150%増加している。
伊藤忠と組み、アジアでも展開へ
―― BtoBビジネスの展開は?
エイロン 米国や日本で自社ブランドのアイスを発売しているのは、代替たんぱく質製品の認知度を高めるためで、実は米国では原材料の「エクリプスコブレンド」を企業に提供するBtoBビジネスが、売り上げの9割を占めている。
御宮知 日本でもすでに、かなりの乳業メーカーやアイスクリームメーカーと原材料提供で話をさせていただいている。
―― 今回、日本の商社の伊藤忠商事と組んだが、その理由は。
エイロン ビジネスの世界的な拡大を考えたためだ。伊藤忠は傘下にファミリーマートなどの小売企業、物流会社や製造会社を持つ。アジアに進出するためにも、日本は非常に重要な拠点だ。その点で、日本だけでなく世界にネットワークがある伊藤忠は完璧なパートナーだ。
御宮知 当社には、日本のSOZOベンチャーズという米サンフランシスコを拠点とし、日本企業との橋渡しを得意としたベンチャーキャピタルが出資している。私も元々はそこの出身だ。
米西海岸のスタートアップが日本に来るときにハードルになるのが、言葉の問題だ。日本特有の製造工場とのやり取りだったり、商流だったりする。例えば、コンビニに配達するにも特定の物流会社を通すが、そうしたところにも口座を作らないといけない。グループ内にそれらの機能を包括的に持っている伊藤忠と組むことで、日本の商習慣のハードルがぐっと下がる。製造、物流、商流、マーケティングまで担っていただける。
―― コストの問題はクリアしているのか。
トーマス 本来であれば、破棄されるような材料を使っている。例えば、油を搾った後の菜種のかすだ。菜種はどこでも栽培でき、かつ、使う水の量が少ない。今は、それらを基に製造した粉末原料の「エクリプスコブレンド」を米国から輸入しているが、今後は調達可能な植物性たんぱく質を使い、日本でエクリプスコブレンドを生産していきたい。
アイスの価格はファミマで351円
―― アイスの生産は。
御宮知 千葉のカワイコーポレーションというとてもクラフトマンシップのある会社に製造してもらっている。
―― アイスの価格は。
御宮知 税込みで351円。これはハーゲンダッツと全く同じ値段だ。12日から都内のファミリーマートで先行販売している。環境にやさしいアイスを従来のプレミアムアイスと同じ値段で提供していく。
日本では、「エクリプスコ(Eclipseco)」ブランドで販売する。環境に良いことを認知してもらうために、エクリプスの末尾に「eco」の文字を加えた。
―― 元々、このビジネスを始めたきっかけは。
エイロン 私は米シリコンバレーで生まれ育った。両親も起業家だった。そうした環境だったので、最初はAT&Tに就職したが、すぐに自分がしたいのは起業だということに気付いた。写真関係のスタートアップを始めたが、その過程で、地球環境に大きな影響を与える工業畜産業の問題を知った。そこで、代替タンパク質の採用を企業や政府に働きかけるNPO(非営利組織)に入り、スタートアップの支援を担当した。ここで2017年、トーマスの働く食品企業を訪れ、彼と出会った。
その時、彼は「卵を使わない卵」という代替タンパク質製品の発表をしていた。ここで、「お互いに同じ問題意識を持っている」と意気投合し、2019年に一緒にエクリプスを創業した。
トーマス 私も乳製品が大好きだが、7割の乳糖不耐症の一人だ。そこで、植物由来の製品の開発に情熱を注いでいる。
私はこれまでのキャリアの全てを食に捧げてきた。高級レストランでシェフを務め、これまで合計でミシュランガイドの星を16個獲得してきた。また、学生の時はエンジニア工学を専攻した。エクリプスを創業する前は、ジャストフードという食品会社の人気商品のポートフォリオを作った。だから、こうした製品の開発には適した人材だと自負している。
ピーナッツバター味をキナコと黒蜜で再現も
―― 今後はどんな味のアイスを考えているのか。
トーマス 抹茶味やほうじ茶。また、米国ではピーナッツバター味があるが、これをキナコと黒蜜と塩で再現できないかと考えている。これならピーナッツアレルギーのある人でも食べられる。
―― 「味のマジシャン」のようだ。
トーマス 私は、「味の魔法使い」だと思っている。これから、日本で私たちのアイスを提供できることに、とてもワクワクしている。