週刊エコノミスト Online

第64回(2023年度)エコノミスト賞 『輸入ショックの経済学』 遠藤正寛氏へ授与

 エコノミスト賞選考委員会(委員長=井堀利宏・東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授)は、遠藤正寛著『輸入ショックの経済学 インクルーシブな貿易に向けて』(慶応義塾大学出版会)に「第64回(2023年度)エコノミスト賞」(毎日新聞社、毎日新聞出版主催、千葉商科大学協賛)を授与することを決めた。授賞式は5月30日に開催予定。遠藤氏には賞金100万円と賞状・記念品が、出版元の慶応義塾大学出版会には賞状が贈られる。

 対象作品は23年1〜12月に刊行された著書。主要出版社の推薦なども踏まえて、選考委員会で2度にわたり審査を行った。

 最終選考にはこのほか、以下の著書が残った。▽『円の実力 為替変動と日本企業の通貨戦略』(佐藤清隆著、慶応義塾大学出版会)


遠藤正寛(慶応義塾大学教授)

 えんどう・まさひろ 1966年埼玉県生まれ。91年慶応義塾大学商学部卒業、96年同大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学、2000年同大学博士(商学)。96年小樽商科大学商学部助教授、99年慶応義塾大学商学部助教授を経て06年より現職。日本国際経済学会会長。財務省財務総合政策研究所客員研究官。エール大学、コロンビアビジネススクールの客員研究員などを歴任。


第64回の選考委員は次の通り。(敬称略)

■委員長

井堀利宏(東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授)

■委員

浦田秀次郎(早稲田大学名誉教授)

鶴光太郎(慶応義塾大学教授)

福田慎一(東京大学教授)

三野和雄(京都大学経済研究所特任教授)

岩崎誠(『週刊エコノミスト』編集長)


【エコノミスト賞】

 エコノミスト編集部が主催して1960年に創設した。日本経済、世界経済について、毎年1〜12月に発表された著書の中から、もっとも実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。多くの有為な人材を世に送り出し、「経済論壇の芥川賞」と評される。


講評 輸入増の雇用への影響を分析 啓蒙書としても読み応え

 ◆選考委員長 井堀利宏

 2023年度の「エコノミスト賞」の最終選考には2冊の著作が残った。研究の独創性、分析の説得力や、一般読者への分かりやすさなど多様な観点から議論を尽くした結果、輸入増加の雇用への影響をさまざまな視点から実証的に分析した成果をまとめた『輸入ショックの経済学』に授与することに、選考委員全員が賛同した。著者の遠藤正寛氏には心からお祝いを申し上げたい。

 本書は海外の状況変化に起因する輸入の増大を「輸入ショック」と名付け、それが日本の労働市場に与えた影響を実証的に分析する。輸入ショックは日本の労働市場に一様に負の影響を及ぼしたわけではない。本書は輸入が日本の製造業の雇用や賃金に与えてきたプラスとマイナスの影響をバランス良く解明している。

 すなわち、第2章と第3章では00年代以降急増した中国からの輸入が、直接輸入と下流企業からの間接輸入で日本の製造業の雇用と賃金を引き下げた一方で、上流企業からの間接輸入で中小規模事業所の雇用と大規模企業従業者の賃金を引き上げたことを示す。第4章では、国内で調達可能な原材料や中間財を輸入品に置き換えるオフショアリングが、労働時間と賃金に与えた影響を調べ、その影響が従業員の学歴と性別により異なることを確認する。

 さらに、第6章では、輸入の利益をより広範な労働者に分配する「インクルーシブな輸入」を実現する政策を論じて、輸入ショックで失業したり賃金が下がったりした労働者への雇用支援、企業の貿易を支えるインフラの充実、雇用調整の円滑化、地域的な雇用支援などの政策を推奨する。

波及効果を幅広く検討

 データの制約などから実証分析での厳密さには課題もあるが、本書は中国からの輸入とオフショアリングを通じての輸入を深掘りして、その実態と波及効果を幅広く検討した優れた研究書である。理論については簡潔に分かりやすく説明し、実証では標準的な計量経済学の手法を用いて丹念に分析し、政策提言は実証分析の結果を踏まえたものになっている。

 本書では簡潔な説明を展開しているが、ウェブサイト上により詳細な記述がある。本来であれば本書の中でより丁寧に実証分析を紹介した方がよかったという指摘もあった。

 トランプ前米大統領の関税政策に象徴されるような保護貿易の動きが現実の国際政治の場で勢いを増している今日、輸入ショックの影響を冷静にかつ包括的に分析した本書は理論、実証、政策提言のバランスも良く、啓蒙(けいもう)書としても広く一般読者に読み応えがあるだろう。

 佐藤清隆氏の『円の実力』も最終選考に残った候補作であった。本書は、為替変動と日本企業の通貨戦略に関して、特に貿易と建値通貨との関係について幅広い考察を展開したものである。日本の輸出入ともにドルが建値通貨として使われている割合が大きく、その傾向は中小企業と比べて大企業において強く見られる。日本企業がなぜ円建て取引を選択しないのかを詳細なミクロデータを駆使して説得的に説明するとともに、為替リスクに対してどう対処すべきなのかに関する提言もあり、学術的価値は高く評価できる。

 ただし、本書はこの分野での共同研究を踏まえたものであって、著者だけの貢献と言えない面もあり、その成果の一部はすでに出版されている。また、タイトルである『円の実力』は必ずしも本書の内容にそぐわないという指摘もあった。今後は通貨戦略のみならず、より幅広い視点からのオリジナルな研究成果も期待したい。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事