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経済・企業 エコノミストリポート

競争激化のタイ乗用車市場 中国EV勢が日本車の牙城崩す 熊谷章太郎

バンコクの夕暮れ時の渋滞。電気自動車の利用は着実に増えている(Bloomberg)
バンコクの夕暮れ時の渋滞。電気自動車の利用は着実に増えている(Bloomberg)

 中国製EVがタイの乗用車市場を席巻している。EV市場の競争が激化するなか、日本車メーカーがかつてのような高いシェアを取り戻すのは容易ではない。

中国車が価格競争力で市場を席巻

 タイでは、インバウンド(外国人観光客)需要の回復を受けてサービス業の活動が底堅く推移する一方、主要輸出先の景気減速を背景に製造業の低迷が続くなど、景気は業種間でまだら模様となっている。こうしたなか、2023年の国内自動車販売台数は前年から約1割減少したが、EV(電気自動車)に限ってみると販売台数は急増し、タイにとって「EV元年」といえる年になった。

EV新車登録台数は急増

 EV普及のけん引役となった乗用車市場についてみると、新規登録台数に占めるEVの割合は22年前半の1%前後から23年末にかけて25%に急上昇した(図1)。モデル・メーカー別にみると、BYD(比亜迪)の「アット3」と「ドルフィン」、NETA(哪吒汽車)の「NETA V」、ORA(長城汽車)の「グッドキャット」、MG(上海汽車集団)の「MG4エレクトリック」など、1回の充電で300~500キロ前後の比較的長い航続可能距離を有し、かつ価格帯が手ごろな中国製EVが大半を占めた(図2)。この他、米国のテスラの「モデルY」や「モデル3」といった高級車も人気を集めた。

 日本車はガソリン車、ハイブリッド車(HV)、外部から充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)市場では引き続き高い存在感を維持している一方、EV市場での販売台数は限られている。需要の中心がガソリン車からEVにシフトした結果、乗用車市場の日本車の割合はかつての9割前後から足元で約6割に低下している。

 23年に中国製を中心にEV販売が急増した要因としては、以下の3点を指摘できる。

 第一に、中国製EVの価格競争力の高さである。この背景としては、①中国政府がEV産業の育成に向けて産業補助金を含め、さまざまな支援を実施してきたこと、②中国内のEV販売台数が年間600万台に達しており、大量生産によるコストの引き下げが可能になっていること、③中国では景気減速を受けて価格引き下げ競争が激化するなか、タイへのEV輸出価格にもその影響が表れていること──などを指摘できる。

 欧州では23年10月に欧州委員会が相殺関税の導入を視野に入れた調査を開始するなど、中国政府によるEV産業への支援が「不公正な貿易」を招き、EU域内の自動車産業の衰退を招くことが懸念されている。しかし、多くの中国企業がタイでEVの現地生産を計画していることもあり、これまでのところタイでは中国製EVの流入拡大への表立った批判は生じていない。

タイの補助金も後押し

 第二に、EVの早期普及に向けたタイ政府の補助金政策である。タイ政府は将来国内でEVの生産を開始することを条件に、輸入EV販売に対して1台当たり最大15万バーツの販売補助金を支給するとともに、物品税や輸入関税の減免措置を提供する政策を22年に開始した。その結果、一部の中国製EVの販売価格は同等の性能を有するガソリン車よりも割安な価格で販売されることとなった。当初、同政策の実施期限は23年末であったが、政府は補助金額を引き下げながらも27年まで継続することを決定した。中国企業は販売補助金が縮小される前の在庫処理に向けて23年11~12月に行われたタイ国際モーターエキスポで大規模な価格プロモーションを実施した。このため23年末にEV販売が急増した。

 第三に、EVの利用環境の整備である。再生可能エネルギーの大手エナジーアブソリュートや国営石油公社PTTの傘下企業などが積極的にEV充電インフラの整備を進めた結果、23年9月末時点の充電ステーション数と充電器数はそれぞれ2222拠点、8702基と、2年前と比べて3倍以上に増えた。充電ステーションの運営企業は商業施設と連携しながらEVの充電ステーションの拡大を進めており、バンコク首都圏を中心に大型のショッピングモール、コンドミニアム、ホテルなど、ガソリンスタンド以外の場でも急速充電が可能な施設が急増している。

 今後、タイのEV市場では輸入から現地生産への切り替えが進むとともに、プレーヤーが多様化していくと見込まれる。

 まず、中国企業の動向をみると、現在EV普及の先導役となっている企業を中心に、多数の企業がタイでEV生産を開始・拡大することを計画している。24年1月にいち早く現地生産を開始したのは、20年に米ゼネラル・モーターズ(GM)の工場の買収を通じてタイ市場に参入した長城汽車である。

 同社は24年のタイでのEV生産台数を8000台と見込んでいるが、ガソリン車を含めた生産能力は8万台であり、今後の販売動向を踏まえながらHVやPHVの生産ラインをEV向けに切り替えていくと見込まれる。

 23年にEV販…

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