教養・歴史

「3.11」を伝え残す――シンポ「絵本で語る東日本大震災」より 北條一浩・編集部

 相次ぐ震災、絶えない戦争……多くの犠牲者を出し、残された人々の心に大きな穴をあけて苦しめ続ける。そんな悲しみを乗り越え、絵本に思いを託し、考え続ける大切さを伝えたい。大人と子どもが一緒に読める絵本のチカラは計り知れない。

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 2011年3月11日の東日本大震災から13年。さる3月23日(土)、専修大学神田キャンパスにおいて、「子どもたちの命と生きる 絵本で語る東日本大震災」と題し、シンポジウムが開催された。

 この催しは、東日本大震災で子どもを失った遺族が制作した絵本を紹介し、絵本に託した思いを知り、語り合おうという試みで、誰でも参加し、発言できるというもの。

 2部構成で、第1部「絵本の紹介と込められた思い」は、スクリーンに絵本を投影しながらの朗読と制作者の思いの説明。第2部は参加した絵本制作者全員によるパネルディスカッションが行われた。絵本制作者(パネリスト)は登壇順に、絵本作家で宮城県石巻市在住の千葉直美さん、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区津波事故遺族の大友さおりさん、七十七銀行女川支店津波事故遺族の田村孝行さん・田村弘美さん、日和幼稚園津波事故遺族の西城江津子さん、西城楓音さんの4組6人。絵本の朗読をフリーアナウンサーの松野芳子さんはじめ里美亜季さん、たなかみちこさん、司会進行を専修大学教授で法社会学者の飯考行氏が務めた。

 3時間半に及ぶ濃密なシンポジウムで、全体を紹介することはできないが、冒頭の2人、千葉直美さんと大友さおりさんの語りを中心にリポートする。

朝顔の芽が出た

 最初の登壇者は千葉直美さん。震災関連の絵本を5冊刊行している千葉さんは、この日、昨年12月に自主制作したばかりの最新絵本『朝顔の声』を紹介した。同書は、児童74人、教師10人が津波の犠牲になった大川小学校の一人の児童の実話をもとにしている。たなかみちこさんによる朗読のあと、千葉さんが語り始める。

千葉直美さん
千葉直美さん

千葉
 私は石巻市で被災し、1カ月くらい、自宅に帰れませんでした。職場が避難所になりました。何かしたい気持ちはありましたが、私は家族も親戚も亡くしておらず、家も無事でしたから、大川小について何か言える立場ではない、言ってはいけないとずっと思っていました。
 しかし震災から数年たって、“やはりこの出来事は後世まで伝えたい、できれば大人も子どもも一緒に読むことができる絵本のカタチで残したい”と考えるようになったんです。そして東日本大震災をテーマとした絵本を世界に発信するため、いずれの本にも英訳を付けました。

『朝顔の声』は、こんなストリーで始まる。

『朝顔の声』日本語・英語 文:千葉直美 イラスト:阿部悦子 訳:市澤マリア
『朝顔の声』日本語・英語 文:千葉直美 イラスト:阿部悦子 訳:市澤マリア

 野球の大好きな9歳の男の子は、震災で空へと旅立ってしまう。それからしばらくたってお母さんが彼の机の引き出しを開けると、鉛筆で「みらいのじぶんへ」と書かれた袋が見つかり、その袋の中には朝顔の種が20粒入っていた……。

 進行役の飯教授が「この絵本は、新聞記事で朝顔の逸話を読まれたことがきっかけで生まれたとうかがっています」と問いかける。

千葉
 亡くなった男の子のお母様とコンタクトを取り、何度も電話で話し、また郵便で原稿をお見せするなどして、少なくとも1年間はやりとりして作りました。お母様は当初、“悲しいというより悔しいんだ”とおっしゃっていて、それでも“絵本は悲しい、苦しいではなく、ふんわりとしたかたちで皆さんにお伝えしてください”というのがご希望でした。

 多数の犠牲者を出した大川小の件は、学校現場の責任をめぐって裁判になり、学校の防災体制に不備があったとして宮城県と石巻市の上告を棄却、遺族の勝訴が最高裁で確定している。この裁判と関連して、不思議なエピソードがあったという。

千葉
 亡くなったのは、けんたくんという男の子ですが、彼が持っていた朝顔の種をまいたら、裁判の初日に芽が出てきてびっくりしたと、お母様がおっしゃっていました。私は大川小のご遺族に会うのがとても怖かったのですが、このお話をうかがって、けんたくんは空から、種を通してお母さんお父さんにメッセージを送ってくれているんじゃないか。そう考えられるようになりました。

「いない」より「ある」

 次に登壇したのは大友さおりさん。大友さん(著者名は「たけざわさおり」)の「いっしょに」と題された作品を里美亜季さんが朗読した後、語りに入った。

大友さおりさん
大友さおりさん

大友
 震災で子どもを亡くし、これからどうやって生きていけばいいか、と悩んでいた時、主人が(1995年1月に発生した)神戸の震災でお子さんを亡くされた、たかいちづさんとブログをきっかけに交流するようになり、たかいさんから『亡くなった子への思いをいっしょに絵本にしませんか?』と誘っていただきました。たかいさんは苦しみを理解し、寄り添ってくれて、私は雅人のことを残すことができる絵本作りが支えでした。

『優しいあかりにつつまれて』 文:たかい ちづ たけざわ さおり 絵:ひらた ゆうこ ひらた ひさこ
『優しいあかりにつつまれて』 文:たかい ちづ たけざわ さおり 絵:ひらた ゆうこ ひらた ひさこ

 その本は『優しいあかりにつつまれて』のタイトルのもと、たかいちづさんの「二十歳になったあなたたちへ」と大友さんの「いっしょに」の2作で構成されている。

「3・11」で息子の雅人くんが行方不明になった後、ちょうど1年後の2012年1月、娘さんが誕生。

「いっしょに」の中では、“雅人おにいちゃんはとってもかわいい「いもうと」をプレゼントしてくれたの”と表現されている。

大友
 最初の構想では、絵本くらいは幸せな結末にしたいと考えていました。しかし、“何のために作るのか?”をずっと考えているうちに、“事実をちゃんと残そう。娘はまだ幼いけど、理解できなくてもほんとうのことを伝えよう”と思うようになりました。そこで将来、娘がこの絵本で誰かに伝えやすいように、“おにいちゃんは遠くから見守ってくれてるよ”というラストにしました。

 震災の日から今日までの葛藤を語る大友さんの言葉は生々しく、そして「伝えなくては」という強い意志にあふれている。

大友
 数年前までは、変わらない悲しみだけが愛だと思っていました。震災で雅人がいなくなったことの負の感情は、今も1ミリも変わりません。
 しかし、それから10年以上の時間と出会いのおかげで、少しずつ変わることができました。
 私は今まで、「いない」ことだけに目を向けていたんだなと。娘の誕生もそうですが、「ある」もの、雅人が生まれてきてくれたことに目を向けようと考えられるようになったんです。たった7カ月だけど、たくさんいるお母さんの中から私を選んでくれた。今は私の人生を、雅人のせいにしてはいけないと思っています。

 大友さんはこの春、新たな一歩を踏み出す。4月末オープンの飲食店とアロマサロンを準備中だ。

大友
 少しでも自分が役に立てたら、という思いから、健康と癒やしの空間を作ることにしました。小さいお子さん連れでもゆっくり食事ができて、人が集まれる場所にしたいと思っています。

 忘れてはならないことを理解しやすいカタチで広く伝え、共有し、何度でも反すうする。そのためのメディアとして、絵本のチカラを強く感じさせるシンポジウムだった。

(北條一浩〈ほうじょう・かずひろ〉編集部)


週刊エコノミスト2024年4月30日・5月7日合併号掲載

絵本のチカラ 忘れてならない「3.11」を絵本で伝える、残す「催し」=北條一浩

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