インタビュー「社会で必要なことを学ぶ環境をICTで提供」奥平博一・角川ドワンゴ学園N高等学校校長
ICT(情報通信技術)の進歩によって従来からあった通信制高校の可能性が飛躍的に広がっている。生徒の居住地域に関わらず高いレベルの授業を提供できることがネット高校の強みだと奥平校長は強調する。(聞き手=浜田健太郎・編集部)
── N高等学校は2016年4月開校。20年のコロナ禍発生によって、学校教育はリモートでも提供可能なことが広く認識されたが、奥平先生はコロナ以前からその可能性を感じていたのか。
■私自身が別の通信制高校に勤務していて、通信教育の可能性については当時から感じていた。従来、通信制は全日制高校からドロップアウトした生徒が行く印象を持たれていたが、そうしたイメージ自体を変えていく必要があると考えていた。(KADOKAWA傘下のIT企業)ドワンゴが運営する「ニコニコ動画」には多くの若者が集まっているのが印象的だった。単に動画を配信するだけでなく、視聴者がリアルタイムで書き込みができる双方向性を目の当たりにして、そうした現象に学校が近づいたら面白いだろうとの思いがあり、知人のつてを通じてKADOKAWAにネット高校の構想を提案したら受け入れてもらった。
── N高校の授業内容はどうなっているのか。
■必修科目は、当然ながら高校卒業資格(3年間の高校在籍、74単位以上の取得)を取るためにネットコースは全員必修だ。①ビデオ映像を見て学習して、レポートを提出、②リアルの校舎で行われる対面式学習、③期末テスト──で構成する。ネットでの授業なので生徒はいつどこにいても学ぶことができる。
教育課程以外の課外授業は単位制にしていない。「ああこれは自分には違う」と感じれば別のテーマに変えることだって可能だ。教育課程外の授業として現在200以上の講座を設定している。
── 課外授業として、大学受験、プログラミング、ウェブデザイン、動画クリエーター、クリエーティブ・エンターテインメントなどがある。それぞれの分野の専門家たちが生徒に教えるのか。
■そうだ。教育課程内、いわゆる高校の単位科目として扱うと、教員は教員免許を取得している必要がある。そうした制約に縛られないためにも、これらの課外授業は教育課程外に置いている。プログラミングであれば、第一線で仕事をしている人から教わったほうが当然ながら中身は濃い。教員免許を持たない人でも教える講座をたくさん置いている。
入学試験なし
── 普通のリアルの学校だと、これだけの専門家を集めることは難しいか。
■地方であれば、リアルの空間にこれだけの専門家を集めるのは不可能だ。東京でも難しいだろう。だが、オンラインであれば第一線で活躍している人から直接話を聞くことができる。当校には生徒たちに世の中の本当のものに触れてほしい思いがある。
── 一方で、24年の大学受験における実績で東京大・京都大など国公立大、早稲田大、慶応義塾大など有力私大に多数の合格者を出している。
■当校は「進学校」であるとは一切言っていないし、そうした学校を目指しているわけではない。ただ、高校の評価では大学進学実績で見るのが「世の中の目」であることも確かだ。大学など高等教育に行きたいという生徒がいたら、行かせてあげたい。進学を目指す生徒には進学可能な環境を提供し、就職を目指す生徒にはそれを全面的に支援する。
── ネット高校では、不登校やいじめといった問題を回避できるのでは。
■身体的、精神的ないじめを受けなくても済むという理由も副次的にはあるだろう。「学校に通う」という制度のもとでは、行かなければ不登校になるが、通学の必要性がなくなれば不登校という言葉は存在しなくなる。いじめを含めていろいろなことに悩んでいる生徒たちでも、当校では、ハードルを下げたところからスタートすることができる。
当校には入学試験がないので、多様な生徒が集まっている。中には小学校、中学校と不登校で基礎科目ができていない生徒もいる。そうした生徒のために「中学復習コース」がある。一方で、東大など難関大学を目指す中高一貫校から移ってきた生徒もいる。リアルの教室で学ぶ「通学コース」では、勉強のできる生徒ができない生徒に教えていることも、普通にみられる光景だ。なぜなら、仲間としてみているからだ。それこそ、社会の縮図だ。世の中に出ていくときに必要なことを学べる環境があること。それが学校の果たすべき本来の役割だと思う。
(奥平博一・角川ドワンゴ学園N高等学校校長)
■人物略歴
おくひら・ひろかず
大学時代に発達心理学を学び、卒業後に小中高校教員、塾講師。2016年ドワンゴと組みN高等学校設立。
週刊エコノミスト2024年6月4日号掲載
学校激変 インタビュー 奥平博一 角川ドワンゴ学園N高等学校校長 ICTを活用、実社会で生きる力を養う高校教育