投資・運用 個人株主新時代

インタビュー「個人の“ファン株主”こそ安定株主」伊井哲朗コモンズ投信社長

 今、企業は個人投資家とどう向き合おうとしているのか。長期運用で定評がある独立系投資信託会社のトップに聞いた。(聞き手=稲留正英/和田肇・編集部)

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── 新NISA(少額投資非課税制度)がスタートし、株式市場の中で個人の存在感が高まっている。

■最近、企業の経営者と話をするときに、「5年後、10年後の株主をイメージして経営するとよい」という話をしている。その時代時代、どういう株主が日本の中心だったかという話は、企業側にも大きな影響があるからだ。

 1990年のバブル経済の頃は、日本の株式の32%を銀行(都銀・地銀)と生損保が保有していた。いわゆる企業との持ち合いで、銀行なら給与の振込口座、生損保なら保険の販売と、ビジネスの一環で企業の株式を保有していた。そのため、株価収益率(PER)が60倍、70倍になっても株式を売るという発想はなかった。

 その後、株式市場では持ち合い解消が進み、2022年では銀行と生損保の比率が6%に大きく下がる一方、外国人投資家は当時の5%から30%に大きく上昇している。

── 株主構成の変化は何をもたらしたのか。

■銀行・生損保と違い、外国人はガバナンス強化、ROE(株主資本利益率)向上、株主還元拡大を求めてきた。その中で、何が起こったかというと、TOPIX(東証株価指数)採用銘柄の配当金総額は13年の7兆円から直近では18兆円近くと10年間で10兆円増えた。また、2兆円もなかった自社株買いが、直近で10兆円を超えてきた。TOPIX採用銘柄の配当性向は今や36%で、米S&P500採用銘柄の35%と比べても遜色がない。自社株買いは、140兆円の米国と比べるとさすがにまだ桁が違うが、それでも、日本で株主還元が進んだのは間違いない。

アクティビストが刺激

── 東証改革も後押ししている。

■もちろん、それによって、企業も資本効率や株価を意識する経営にスタンスを変えてきている。しかし、経営者と話をすると、実は、アクティビスト(物言う株主)の存在がいろいろな意味で企業への刺激になっていることが分かる。

── 具体的には。

■海外のアクティビストは、「自社株買いをしなさい」「ファンドから経営者を受け入れなさい」などとガンガンと要求する。彼らの主張は表面的には正論が多いので、経営陣は彼らの提案を全く無視するというわけにはいかない。しかし、彼らは結果的には短期で株式を売り抜けるので、安定株主にはなりにくい。企業側からするとアクティビストに株主にはなってもらいたくないというのが本音だ。

── 流通株式数を重視する東証の市場改革もあり、今更、持ち合いには戻れない。

■そこで今、企業は個人に長期で株式を保有してもらいたいと考えている。新NISAに対応するため、この2〜3年、企業の株式分割がすごく増えている。これは、東証が企業に投資単位を50万円以下に引き下げるように要請したこともあるが、アクティビストの影響も大きい。NTTなどは25分割し、今では1万5000円台から買えるし、トヨタ自動車などの日本を代表する企業も分割を実施した。企業の個人重視はこの動きからも分かる。

── 株主優待を充実させる動きも出ている。

■機関投資家にはメリットがないとして、以前は廃止する流れだったが、ここ1〜2年は逆に復活している。例えば、アクティビストのバリューアクト・キャピタルが株主に入っているセブン&アイ・ホールディングスは、アクティビストに対抗するため個人に株主になってもらおうと、株主優待の復活を言い始めている。企業が株主構成を考え直す中で、個人を重視するトレンドは今後、ますます強まるだろう。

5月7日に南青山の新オフィスに移転した。16階から明治神宮外苑が一望できる
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「ファン株主」を作る

── それだけで、個人が安定株主になるのか。

■投資単位の引き下げや株主優待で、個人がどんどん買ってくれるかというと、そんなに簡単ではない。私が企業に話しているのは、いかに「ファン株主」を作るかということだ。ファンになれば、この会社を応援しようと長期で株式を保有してくれる。例えば、食品大手のカゴメ。「当社の商品を買ってくれる人には、株主になってほしい」と、統合報告書も明らかに個人を意識した形になっている。

── 直接、消費者と接点のないB2B企業はどうすればよいか?

■自分たちの商品・サービスを個人にアピールするのはなかなか難しいが、それでも、各社、いろいろな工夫をしている。建機大手のコマツは、能登半島地震から日が浅い3月に石川県の工場で、当社ファンドの受益者を対象とした親子見学会を実施した。重機が好きな子供が多く、みんな大喜びだった。農機具のクボタも北海道の施設で、当社の受益者を対象に、親子で農業を学べるイベントを実施した。B2B企業でも個人のファンを作ることは可能だ。

── 個人は同時にファンにもなるべきと。

■自分が共感する企業を見つけ、いわゆる「推し活」ができるようになるとよい。マーケットに大きな振幅があっても、自分が共感できる会社なら持ちこたえられるし、株式を買い増そうということにもなる。また、新NISAは損益通算ができず、利益が出ないと意味がない制度だ。利益を出すには、長期の積み立てが有効だが、長期で積み立てるためには、企業に共感する必要がある。

── 投資信託も同じでは。

■当社も受益者から、「コモンズの理念に共感しているのでなかなか売れない」と言われる。当社の受益者の7割は積み立てで購入している。15年間運用しているが、どのタイミングで買っても、5年以上積み立てていれば、損益はプラスだ。

 当社のようなアクティブファンドは、リターン以外にも大きな学びがある。例えば、先ほどの見学会のように、日本の企業の活躍を親子で体験することができる。これを我々は「社会的リターン」と呼んでいるが、その大切さを感じ取る人たちが増えていることを実感している。

(伊井哲朗・コモンズ投信社長)


 ■人物略歴

いい・てつろう

 1960年愛知県出身。84年山一証券入社。メリルリンチ日本証券などを経て、2007年コモンズ投信創業とともに現職。12年から最高運用責任者(CIO)を兼務。23年6月投資信託協会理事に就任。


週刊エコノミスト2024年6月11・18日合併号掲載

個人株主新時代 インタビュー 伊井哲朗 「物言う株主」対抗へ個人取り込み 投資単位下げ、株主還元が活発化

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