経済・企業 空飛ぶクルマ最前線

➊電動化が実現する「空の移動革命」 岩本学

 夢の乗り物であった「空飛ぶクルマ」がいよいよ実用化の段階に入ってきた。五輪や万博でのお披露目も間近だ。

>>連載「空飛ぶクルマ最前線」はこちら

「空飛ぶクルマ」が、次世代のモビリティーとして世界各地で急速に関心を集めている。欧米では、「eVTOL(イー・ブイトール)(electric Vertical Take-off and Landing、電動垂直離着陸機)」の名称で知られる。その名の通り、電気を動力として、垂直に離着陸する点に特徴がある乗り物だ。空陸両用車ではないため、道路を走行することはなく、航空法が適用される航空機に分類される。

 eVTOLは既存のヘリコプターと比較してより静音性に優れ、また機体価格やメンテナンスコストが安いため、100~150キロメートル圏内の空の旅をよりリーズナブルな価格で提供できる(表)。垂直に離着陸するため、街中に降りることができ、まずは都市部での活用が期待されている。海外では「フライングカー」ではなく、「エアタクシー」や「Urban Air Mobility(都市型航空交通)」とも呼ばれるのはそのためだ。

ドローン技術も後押し

 実は、VTOL機は、1950年代から90年代にかけて、NASA(米航空宇宙局)や米軍などで、盛んに研究が行われた。しかし、当時の技術では内燃機関や複雑な動力伝達機構を必要とするほか、騒音も大きく、一部の軍用機を除き、開発が進まなかった経緯がある。

 しかし、2000年代以降の電動化技術の進展で、流れが一気に変わった。米テスラの登場により電気自動車(EV)が身近なものになり、陸の電動化が進む中で、その流れが今度は空に向かい始めたのだ。空に浮かべる分、大きなエネルギーを必要とするため、大型の航空機の電動化はまだ難しいが、小型のVTOL機であれば、ある程度の航続距離を確保することができる。

 この流れを加速させたもう一つの要因が、ドローン技術の進展だ。ホビー用のドローンが2010年に発売されて以来、ドローンは急速に社会に普及し、人手不足に苦しむ日本ではビルや橋りょうなどのインフラのモニタリングや物流のラストワンマイル配送での活用が広がることが期待されている。このドローンを自動で飛行させるためのセンサーや制御技術がeVTOLにも応用され、自動で空を飛ぶモビリティーが実現しようとしているのだ。完全自動化まではまだ時間がかかるが、実現すればパイロットが不要となり、運航コストを更に下げることができる。価格が下がることで利用頻度が高まり、また専用の離着陸場が街のあちらこちらに設置されれば、短・中距離の空の移動がより多くの人に身近になる「空の移動革命」が実現される。

 地球温暖化の脅威が世界的に認識される中、温室効果ガスを排出しないモビリティーに対する社会需要の発生も大きな追い風だ。ESG投資の拡大やディープテックへの注目の高まりで、eVTOLメーカーは、多額の資金を資本市場から調達することが可能になっている。

 こうした世界的な趨勢(すうせい)の中、今年7月のパリ五輪と来年4月の大阪・関西万博というビッグイベントでeVTOLはお披露目される予定だ。空飛ぶクルマが新しい移動手段として都市の上空を飛び、未来の社会像が提示される。多くの人にとっては、「幼少時の夢」であった空飛ぶクルマが、「現実」となることで、未来社会が一気に近づく可能性がある。

スタートアップがけん引

 産業としても、裾野が広い。米モルガン・スタンレーによると、機体製造や運航サービス、インフラなどを含めた市場規模は50年には9兆ドル(日本円で約1350兆円)といい、現在の自動車産業を上回る巨大市場を生み出すとの見方もある。空飛ぶクルマは観光客が効率的に移動する手段としても利用できるため、インバウンド(訪日旅行)でにぎわう日本にとっても極めて魅力的だ。

空飛ぶクルマの実用化は目前だ.写真はニューヨーク市内で試験飛行する米ジョビー・アビエーション社のeVTOL機(同社提供)
空飛ぶクルマの実用化は目前だ.写真はニューヨーク市内で試験飛行する米ジョビー・アビエーション社のeVTOL機(同社提供)

 機体開発をけん引するのはスタートアップ企業だ。米ジョビー・アビエーション、米アーチャー・アビエーション、独リリウム・エア・モビリティー、日本のスカイドライブなど各国で新興企業が立ち上がり、トヨタ自動車、ステランティス、スズキなど大手の自動車企業やデルタ航空、ユナイテッド航空などの航空会社から出資を受け、機体開発とビジネス作りを推進している。新しい航空機を開発するということで難易度は高いが、これらの企業には12年から23年までの間に実に累計1兆円を超える資金が投資されている。

 これに加え、欧エアバスや米ボーイングなどの航空機・ヘリメーカー、ホンダや現代自動車などの自動車メーカーも自社での機体開発を進めており、さまざまなプレーヤーが入り乱れた開発競争が繰り広げられているのだ。また、eVTOLの実用化では、新たな経済成長のエンジンとして高度1000メートル以下の「低空経済」に注目する中国が先行しており、空のモビリティーをめぐる「欧米中の覇権争い」という側面も見逃せない。

 もちろん空の移動革命は一夜にして実現するわけではない。機体の性能向上、運航事業の作り込み、整備サイクルの確立、離着陸場・管制・通信などのインフラ整備、社会受容性の向上などさまざまな障壁を乗り越える必要があり、空の移動が身近なものになるには長い時間を要するだろう。そのため、この新しいモビリティーの行く末を正しく議論するためには、その特徴・特性を正しく理解し、さらに、目先のビッグイベントだけでなく、将来の可能性にも目を向けることが重要だ。このことを、我々、日本人がきちんと理解しないと、長期的な視点かつ既存の航空機・ヘリコプター産業と地続きで産業振興を図ろうとしている欧米中の後塵(こうじん)を拝すことになる。

「空の移動革命」が実現した社会は、新たな可能性に満ちている。その未来は今まさに始まろうとしており、そして何よりも重要なことはその未来づくりにおいて、我々自身が当事者になるということだ。

 今回の連載を通じて、空飛ぶクルマに取り組むさまざまな企業の活動や時々の最新ニュースを紹介するとともに、社会実装に向けた国内外の動き、今後の課題、将来の展望などについて論じていく。次回は空飛ぶクルマの開発史について詳しく紹介したい。

(岩本学〈いわもと・まなぶ〉日本政策投資銀行産業調査部調査役)


週刊エコノミスト2024年6月11・18日合併号掲載

空飛ぶクルマ最前線/1 電動化が実現する「空の移動革命」 静粛性やコストに利点、都市で活躍=岩本学

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

10月8日号

いまこそ始める日本株第1部18 金利復活で「バリュー株」に妙味 高配当株や内需株が選択肢に■中西拓司21 「雪だるま式」に増やす 配当重視で3大商社に投資 株式で現役時代上回る収入に ■鈴木 孝之22 プロに聞く 藤野英人 レオス・キャピタルワークス社長「銘柄選びは身近なところから学び得るのも投資の [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事