JR東も参入した組み込み型金融 個人向けの決戦場はスマホの中 加藤精一郎
銀行が異業種のサービスに金融機能を提供する動きが本格化している。銀行にとっては顧客との接点増、異業種の側はサービスの利便性や収益性向上の狙いがある。
金融機関のリテール関係者が固唾(かたず)をのんで、ある新サービスの成否を占っている。そのサービスとは、JR東日本が5月に始めた「JREバンク」。JR東のクレジットカード事業を手掛ける子会社ビューカードが、楽天銀行のシステムを活用して手掛ける個人向け金融ビジネスだ。ユーザーは、スマートフォンのアプリなどから楽天銀行の口座を開設し、振り込みや定期預金、住宅ローンなど楽天銀行の金融サービスを利用できる。
話題を呼ぶのは、鉄道会社ならではの手厚い特典だ。資産残高によってJR東の運賃が4割引きになる優待券を得られたり、利用に応じてJR東の「JREポイント」を最大6000ポイント付与されたりする。生活に浸透している鉄道会社の新サービスとあって注目を集め、受け付け初日の5月9日には申し込みが殺到。受け付けを停止する異例の事態となった。
近年、一般事業会社が銀行と提携し、スマートフォン上で金融サービスを手掛ける事例が増えている。非金融事業者のアプリやウェブサイト内に金融機能を組み込めば、商品やサービスの購入時に発生する決済や借り入れなどの金融取引をシームレスに行うことができるからだ。こうした手法は、「組み込み型金融(エンべデッド・ファイナンス)」と呼ばれる。金融機能を提供する銀行サイドから見て、「BaaS(バース=Banking as a Service、サービスとしての銀行機能)とも称される。
JR東のような鉄道会社や航空会社、百貨店といった多くの顧客基盤を抱える事業者が、顧客体験の向上や金融収益の獲得を狙い、参入している状況だ(表)。日本での組み込み型金融の展開には、大きく分けて二つのパターンがある。一つは、ブランド側の事業者に「銀行代理業」を取得してもらい、預金や振り込み、ローンなどさまざまな銀行機能を提供していくモデルだ。事業者は銀行にシステム利用料などを支払うが、本業サービスの付加価値を向上でき、ローンなどの金融収益を銀行とシェアできる。
住信SBIは「代理業型」
こうした「銀行代理業型」での先駆者は、住信SBIネット銀行。日本航空や高島屋、家電量販店最大手ヤマダデンキを傘下に持つヤマダホールディングス(HD)など広い顧客接点を持つ16社に「ネオバンク」のネーミングで銀行機能を提供し、158万口座を獲得してきた(24年3月現在)。
例えば、ヤマダデンキの会員向けアプリ内で展開する「ヤマダネオバンク」では、グループのハウスメーカーでの新築戸建て購入者に向けて、住信SBIネット銀行の住宅ローンを取り扱う。家具・家電の購入にもローンを使える。
5月には名刺管理サービスのSansanと提携し、同社の提供する法人カードサービスに銀行口座を組み込み、請求業務での入金消し込みを効率化していくと発表した。住信SBIネット銀行にとって法人口座の銀行機能提供は初で、今後、事業性融資などロットの大きい「BtoBtoB」のビジネスモデルの展開が期待される。
楽天銀行も銀行代理業型で事業を進める。楽天グループ内の証券や保険、クレジットカード会社などと連携し、「楽天経済圏」で銀行機能を使えるようにしている。グループ外ではJREバンクのほか、第一生命保険などに向けて銀行代理業型での銀行機能を提供する。ただし、銀行代理業取得には人員体制やコストがかかり、選択できるのは主に大手企業となる。
もう一つのパターンは、事業者の決済や入金業務の課題を解消する「本業支援型」だ。このモデルは、GMOあおぞらネット銀行やふくおかフィナンシャルグループ(FG)傘下のみんなの銀行が手掛けているが、ブランド側の事業者に銀行代理業の取得は基本的に不要で、小規模な事業者でも導入しやすい。ビジネスモデルによっては、銀行代理業よりもライセンス取得負担の軽い「金融サービス仲介業」を取得してもらうケースもある。銀行としての収益は、システム利用料や振込手数料、API利用料となる。
GMOあおぞらネット銀行は、約630件のBaaS提供をしている(24年3月)。利用の多い銀行機能の一つには、振込入金専用の仮想(バーチャル)口座がある。ECサイト事業者などは顧客の注文ごとに専用口座を発行できるため、入金確認を効率化できる。同行では「顧客企業の本業サービスをよりうまく使ってもらうために、銀行機能をどう活用いただくかが重要」(小野沢宏晋執行役員)として、導入見込み先とさまざまなビジネスモデルを検討中だ。
店舗、ATMからスマホへ
スマホ決済アプリに代金引き落とし口座として提供するのは、みんなの銀行。現在、スーパー運営会社のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(USMH)に向け、同社のスマホ決済アプリに口座振替機能を提供している。顧客がアプリで決済すると、購入代金が口座残高から直接引き落とされる仕組みだ。これによりUSMHは、クレジットカード決済よりも手数料を低廉にでき、決済情報を活用したマーケティングが可能となった。
みんなの銀行はこれまでUSMHを含む5社とAPI接続し、5万口座を獲得している(24年3月現在)。今後、巨大な顧客基盤を持たない事業者も業務効率化のため組み込み型金融を導入するケースが増えていくだろう。
組み込み型金融の普及は、中長期的に金融機関のリテールビジネスに影響を及ぼす可能性が高い。すでに金融機関の顧客接点は店舗やATMからスマホアプリに移っている。ただし、アプリの競争環境はネット専業銀行、ネット上にプラットフォームを築けるような銀行に優位で、スマホ上で顧客接点の乏しい地域金融機関などは、苦戦を強いられている。
こうした中、組み込み型金融は「今までアプローチできなかった層に口座開設してもらう」(みんなの銀行ビジネスアライアンスグループリーダーの吉冨史朗氏)手段の一つとなり得る。折しもマイナス金利政策解除による利上げ局面で、預金獲得の観点で銀行口座の重要性は高まっている。
人々の生活動線は、スマホの中へとますますシフトしていく。その動線上に顧客接点を設け、いかに金融サービスを利用してもらえるか。組み込み型金融への取り組みが、金融機関のリテール戦略の明暗を分けるかもしれない。
(加藤精一郎〈かとう・せいいちろう〉『週刊金融財政事情』副編集長)
週刊エコノミスト2024年6月25日号掲載
メガ・地銀・ネット銀 JR東日本 楽天銀行とJREバンク開始 組み込み型金融に激変の号砲=加藤精一郎