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グローバル市場を揺さぶる米国物価統計の“かく乱” 登地孝行

粘り強さを見せる米国の個人消費(米ワシントン州、Bloomberg)
粘り強さを見せる米国の個人消費(米ワシントン州、Bloomberg)

 米国の金融政策を左右する物価統計が、内々に算定方法が変更されたり、貯蓄率推計の上方修正でサプライズを起こしている。

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 2024年第1四半期(1~3月期)の米国経済指標は、市場の想定から上振れる傾向が続いた。金融市場の注目度が高いコアCPI(食料・エネルギーを除く消費者物価指数)の伸びも鈍化に向かうとの市場予想に反して上振れ、3月時点で前年比プラス3.8%と高止まりしている。

二つの物価の乖離

 米国の高インフレ長期化に対する懸念が再燃したことから、金融市場が想定する米連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利引き下げ観測は大きく後退し、23年末時点では24年に6回程度(1回0.25%想定)の利下げが予想されていたが、4月には一時2回を割り込むまで市場の利下げ織り込みが剥落した。また、年末に3.8%程度まで低下した10年国債利回りも、4月後半にかけて4.7%超まで上昇した。

 速報性が比較的高いことから金融市場の注目が集まるCPIが上振れる一方で、米連邦公開市場委員会(FOMC)が注目しており、見通しも示している個人消費支出(PCE)デフレーターを見ると、食料・エネルギーを除くコア指数で前年比プラス2.8%と緩やかながら鈍化傾向が続いている。

 米国でCPIとPCEデフレーターの伸びが乖離(かいり)している理由は、それぞれの構成を含む推計方法が異なることにある。また、事前に通知されることなく構成比率が変更されたことも、CPI上振れの一因となった。

 昨年後半からCPI上昇率が高止まりしている要因としては、自動車保険や持ち家の帰属家賃(OER)が考えられる。

 自動車保険については、事故単価や件数の上昇が遅行的に反映されて大手保険会社が断続的な値上げを続けている中で、2月26日にはカリフォルニア州最大手の「ステイト・ファーム(State Farm)」が約20%の値上げを実施した。

 その結果、3月のCPIで前月比プラス2.6%(前年比プラス22.2%)と大幅に上昇して全体を押し上げた一方で、PCEデフレーターでは同プラス0.1%(前年比プラス8.0%)にとどまった。CPIは消費者負担額のみで算定しているが、PCEデフレーターは保険料の支払いから受け取りを差し引いて算出しているため伸びが限定的となった。

 米国のCPI上振れに関する他の主要因としては、高止まりしている持ち家の帰属家賃が注目されている。

 持ち家の帰属家賃は、消費支出とされない住宅や土地の購入費用に代わって持ち家を借家と見なした場合に支払われる家賃を推計しているが、PCEデフレーターにおけるウエートはCPI(約25%)の半分程度となっていることが高インフレの粘着力を相対的に和らげている。

ウエート変更

 持ち家の帰属家賃については、1月のCPIで前月比プラス0.6%と23年12月(同プラス0.4%)から伸びが再び拡大し、金融市場におけるサプライズの一つとなった。帰属家賃は、23年1月以降に対象地域の戸建て住宅比率に応じてウエートを調整(戸建て比率は22年の35%から23年1月に40~45%、24年1月に50%程度に引き上げ)しているが、戸建て住宅の賃料が集合住宅に対して高めに推移していたことから今年はより大きい影響が見られたと考えられる。

 このCPI帰属家賃における1月分でのウエート変更は事前に通知されておらず、結果公表から2週間程度たった後にスタッフのメール誤送信で情報が流出したことを受けて、米労働省労働統計局(Bureau of Labor Statistics、BLS)がウェブサイトで明らかにした。

 CPI算定方法変更の他に、昨年の家計の余剰貯蓄に関するデータ改定も、最近のグローバル金融市場に大きな影響を与えた。

 23年8月にFRBを形成する12地区連銀の1行であるサンフランシスコ連銀が「家計の貯蓄率低下により、23年7~9月にも余剰貯蓄が底をつく」とのエコノミストの試算を公表したことを受けて、23年後半以降に個人消費及び米国経済が減速すると予想する市場参加者が増加した。

余剰貯蓄の上方修正

 ところが、同年11月にサンフランシスコ連銀は前提となる経済データの修正を受けて余剰貯蓄が尽きる時期は「24年前半」になると見方を改めて、実際に24年1~3月期までは米国の個人消費は堅調に推移している。

 国内総生産(GDP)などの主要マクロ経済指標を公表している米商務省経済分析局(Bureau of Economic Analysis、BEA)が、5年ごとの包括更新によって家計の所得や消費を含む過去の経済統計データを改定したことで、コロナのパンデミック(世界的大流行)以前の貯蓄トレンドが押し下げられた結果、パンデミック後の財政支援などで膨らんだ「余剰」と見なされる貯蓄がデータ改定前よりも大きくなったことが地区連銀含む多数の機関の経済見通し修正につながった。

外国パック旅行

 今年に入り日本のCPIでも、事前に通知されることがなく、パンデミックにより停止した外国パック旅行の算定再開や東京都高校授業料における所得制限撤廃が反映されて、結果が市場の事前予想から大幅に乖離する事態を招いた。

 また、その他の主要経済指標における算定方法などでもエコノミストや市場関係者などからたびたび不備が指摘されている。

 ただし、上述のように統計の推計及び公表過程における問題は米国でも同様に発生しており、グローバル金融市場への影響は日本より大きくなる場合もある。日本だけでなく海外の経済指標を見る際においても、指標の調査方法などをできるだけ把握したうえで、算定方法の変更や結果の遡及(そきゅう)改定が行われる可能性も考慮して、景気評価や投資判断を行うことが求められよう。

(登地孝行〈とじ・たかゆき〉かんぽ生命シニアエコノミスト)


週刊エコノミスト2024年7月2日号掲載

物価・金利・円安 米国CPI グローバル市場を揺さぶる 米国物価指数の「かく乱」=登地孝行

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