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未解決の問題はらむ付加価値「実質化」 田原慎二

 国内総生産(GDP)計算における付加価値の「実質化」には、解決できない課題が残されている。

生じるマイナス値、誤差累積の影響

 国内総生産(GDP)が、一定期間に国内で生産された付加価値を合計したものであることはよく知られている。GDPに名目値と実質値があることも同様である。では、付加価値について物価の変動の影響を差し引く「実質化」はどのように行われるのだろうか。今回はあまり知られていない付加価値の実質化の方法と、その課題について解説したい。

 まず、付加価値の概念について確認しておこう。付加価値は、財・サービスの生産額から原材料や光熱費などの生産にかかる費用を引いたものであり、生産者が新たに付け加えた価値を指している。

 続いて、実質化の方法を確認する。財・サービスの価格は年々変化していくので、生産額が増加したとしても、それが価格の上昇と生産量の増加のどちらによるものなのかは分からない。そこで、価格を基準になる年(基準年)に合わせることで、数量の変化のみを取り出すことが行われる。具体的には基準年を100とした価格指数(デフレーター)を作成し、これで対象となる年の生産額を割り、100をかけると、価格の変化を取り除いた生産額が得られる。

「価格情報なし」から算出

 それでは、付加価値の実質化はどのようにすればよいのだろうか。実質化を行うためには、価格の情報を得る必要がある。しかし、付加価値そのものは取引されていないので、対応する価格がない。そこで、以下に述べるようないくつかの方法が取られている。

 付加価値の実質化の代表的な方法は、ダブルデフレーションと呼ばれるものである。この方法は、生産総額(産出額)と原材料や燃料の使用額(中間投入)をそれぞれに対応するデフレーター(産出デフレーターと中間投入デフレーター)で実質化し、実質産出額と実質中間投入の差として付加価値の実質値を求めるというものである。表1はその数値例である。

 これ以外に、付加価値を産出デフレーターのみで実質化するシングルデフレーションや、前年の実質付加価値に生産個数や生産台数などの変化率を乗じることで翌年の実質付加価値を直接推計するシングルインジケーターという方法がある。しかし、これらの方法は付加価値と概念や範囲が相違する指標を用いて実質化や延長を行うものであり、理論的にはダブルデフレーションが望ましいとされる。GDP統計の国際基準である国民経済計算(SNA)では、50年以上前の1968SNAから既にダブルデフレーションによる実質化が推奨されている。

 しかし、実際にダブルデフレーションで実質付加価値を推計するにあたっては、いくつかの難点がある。1点目はマイナス値の発生である。製品価格や原材料価格に大きな変化が生じた産業では、実質付加価値がマイナスになることがある。中村洋一『SNA統計入門』(99年、日本経済新聞社)では、日本の過去のGDP統計において発生した付加価値マイナスの事例として、80年を基準年とした電気機械産業の計数が紹介されている。80年には7.7兆円程度あった電気機械産業の実質付加価値は、過去に遡(さかのぼ)っていくにつれてだんだん小さくなり、66年以前の計数はマイナスになっている。著者によれば、この時期には電気機械の製品価格が下がっていった一方で、中間財の価格は上昇傾向にあったため、差し引きで求められる実質付加価値がマイナスになったという。表2には付加価値のマイナスが発生する数値例を示した。

 2点目は統計上の誤差の影響を受けやすいことである。ダブルデフレーションによる実質付加価値は、名…

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週刊エコノミスト

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