複雑な内面とカーアクション いずれも堪能できる伝記映画 勝田友巳
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映画 フェラーリ
あの跳ね馬印のスポーツカーの生みの親、エンツォ・フェラーリの伝記映画。監督はマイケル・マン、「ヒート」をはじめマッチョな男たちを撮り続けてきたアクションの巨匠。となれば、アドレナリン全開のカーアクションとなりそうだが意外にもさにあらず。大迫力のレース場面で見せ場は用意されていても、マン監督はエンツォの複雑な内面に分け入っていく。
伝記といっても1957年の数カ月間の出来事である。妻のラウラと会社をおこしてから10年後、59歳のエンツォは八方塞がりだ。ひとり息子のディーノを亡くして以来、ラウラとの間は険悪だ。ライバルのマセラティとのスピード競争に明け暮れて、レースに金を注ぎ込んでいるから会社も経営不振で崖っぷち。隠れて囲っている愛人リナとの間にできた息子ピエロは10歳になり、認知を求められている。イタリアを南北に1000マイル走り抜く公道レース、ミッレミリアが迫っていて、起死回生のために絶対に負けられない。プレッシャーとストレスに囲まれているのだ。
エンツォは尊大な自信家だ。元レーサーで速さに執着し、経営も車の開発もアグレッシブ。一方で、身近な者への情は厚く、配下のレーサーたちとも家族のように付き合っている。そしてその心の中には、死のイメージが巣くっている。
戦死した兄、20代で病に倒れた長男、そしてスピードに挑んで事故死した同僚や契約レーサーたち。メディアに「死神」と揶揄(やゆ)されながら、エンツォは悲しみに引き込まれないよう「心に壁を作って」、しゃにむに最速を目指す。マン監督の映画の男たちは皆、影を背負わされているのだが、エンツォの影はひときわ濃い。
車を降…
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週刊エコノミスト
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